第24話 梅花

 真珠楼には美しい色合いの提灯に温かい灯がともり、天井から垂らされた、透けるような薄い布がふんわりと風に揺れ、妖艶な雰囲気が漂っていた。廊下を歩いていると、たくさんある部屋からは、カヤグムや太鼓などの楽器を奏でる音や、酒を楽しむ男女のにぎやかな声が漏れ聞こえてくる。


 英月ヨンウォルが案内してくれたのは、真珠楼の最も奥にある特別な設えの部屋だった。おそらく、身分の高い方なのだろう。部屋の外に護衛がいた。


「ご苦労様です」


 英月があいさつをすると、護衛の男は黙ってお辞儀をした。そして、それまで怖い顔をしていた男が、美しいホミンを見て顔をゆるめた。


 中から男女の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。扉の外に立ち、英月が声をかけた。


「失礼いたします」


 部屋の中から、入るようにと促す男の声が聞こえた。


 そっと扉を開き、中に入っていく英月についていった。部屋の一番奥に、今まで会った誰とも違うオーラを放つ、端正な容姿の男性がこちらを向いて座っていた。立てばおそらく長身と思われる。とても優しい微笑みを惜しみなくホミンに投げかけてくれた。


「こちらへおいで。」


 その人の声はよく通る声だった。そのすぐ傍らには、美しい妓生キーセンが座っていた。二人は仲睦まじい様子で、二人の間に距離はなかった。女は片手でお酌をしているようだが、けがをしているのか、反対側の腕が固定されていた。切れ長の瞳をもち、妖艶な色香を放つ、その妓生の顔……! 顔を見て、息が止まるかと思った。


(師匠!)


 ユンシクだった。


「モ、モランでございます」

「モラン、とってもきれいよ。今日はよろしく頼むわね。」

「は、はい! 師匠!」

「梅花の弟子の牡丹か。楽しみだな」


 いったいこの方は何者だ? 見るからに、気品があり、普通の人ではない。師匠は女の顔をしている。二人はただの関係ではなさそうだ。だが、今は気にしてはだめだ! 集中しなければ!


 ホミンはカラオケで得意だったバラードを2曲、曲調を変えて選んでいた。切ない曲と優しい曲。どちらも愛する人を思う歌なので、ジンへの思いを託して心をこめて歌い上げた。


 少しの沈黙のあと、拍手の音が部屋に大きく響いた。男性も、梅花と呼ばれていたユンシクも目には光るものがあった。


「すばらしい! ありがとう!」


 男性はさらに手をたたき、感動をあらわにしていた。ユンシクは、止まらない涙を化粧が落ちないよう気を付けながらふいていた。


 英月は引き続き部屋に残り、ホミンは一人で外に出た。達成感と安堵感につつまれ、扉の前でふーっと息をつき、視線をあげると、さっきの護衛の男が目を真っ赤にしていた。


「すばらしかったよ。」


 そう声をかけて見送ってくれた。


 早く支度部屋へ帰らなければならない。ホミンは慣れないチマを踏まないように気を付けながら、足もとに視線を落とし顔を見られないよううつむき加減で急いだ。万が一、誰かに本物の妓生と間違われたら大変だ。かなり足早に歩いていたので、胸元の帯飾りのふさが大きく揺れていた。その時。


 ドン。


 何かに勢いよくぶつかって、ホミンはたおれてしまった。


「あっ……!」


 見上げると、ホミンがぶつかったのは、今一番会いたいあの人だった。


 ジン兄貴!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る