第23話 牡丹

 2日後の夕方、ユンシクはホミンを連れて真珠楼に来た。すべての段取りはここの女主人、英月ヨンウォルにまかせてある。


「英月さん、こいつが昨日お話しした、ホミンです」

「初めまして。よろしくお願いします!」


 ホミンはペコリとお辞儀をした。


「はじめまして。ホミンさん。ユンシクとは違うタイプの可愛いらしい方ね。楽しみだわ。……ユンシク、演奏できなくて、残念ね」

「俺の不注意ですから仕方ないです。事情は昨日説明した通りなので、くれぐれも男装していることは秘密でお願いしますね。それでは、こいつをおもいきり綺麗にしてやってください。」

「ええ、まかせて。すべて、昨日の打ち合わせ通りにね。さあ、ホミン、こっちへいらっしゃい。」


 英月がホミンを別室に連れて行った。そこは、ホミンひとりのために用意された部屋だった。


「下着はこれに着替えてね。」


 ホミンは胸をつぶすために巻きつけていた布をはずし、女性用の下着を身に付けた。


「こっちへいらっしゃい。」


 うながされた先に座ると、目の前には、色とりどりの化粧品が美しい装飾を施された容器に入れられ並んでいた。英月はさらりとホミンの髪をほどき、とかし始めた。


「つややかでやわらかい髪だこと。」


 そこには美しい髪飾りがいくつか用意してあった。英月は手際よく髪を束ね、上品に後ろでまとめてくれた。


「これがいいかな?」


 ここには美容院のように大きな鏡がないので、自分が今どんな姿なのか確認することができない。それがますますホミンをワクワクさせた。


「うん、いいわ。とてもかわいい。」


 いよいよ化粧にとりかかった。肌を整え、白粉おしろいを塗ると、ホミンのきれいな肌は真珠のように輝いて見えた。ぱっちりとした目元は、色を入れるたびに、華やかさを増した。まつ毛を整え、目尻に濃い色をさせば、濡れた瞳が瞬きをするたびに視線を釘付けにするだろう。頬にのせたピンク色の頬紅は、愛らしさを一層強調した。最後に、たっぷりと口紅をひくと、ホミンのツンとした唇がつやつやと輝き、咲き匂う花のようにかぐわしい色気を放った。


「ほら、素敵になったわ。」


 英月が手鏡を渡してくれた。そっと鏡をのぞきこむと……。


「これが私?」


 ホミンは驚いた。ナチュラルメイクしかしたことがなかったので、別人のように輝いている自分の顔に驚きを隠せなかった。


「ありがとうございます。英月さん。」


 経験したことのない胸の高鳴り。元の世界では感じたことのない感覚だ。


「まだまだよ。さあ、衣装を着ましょうか。」


 英月は何色もの衣装を用意してくれていた。次々とホミンにチョゴリをあてては顏うつりを見て、また違う物に取り換え、何枚かを試した。


「これがいいわ。」


 英月が衣装を着せてくれた。刺繍が施されたなでしこ色のチョゴリと、それに合わせたつつじ色のチマ。胸元には真紅の長いリボンがまっすぐに垂れていた。


「ホミン、素敵よ。本当に良く似合うわ。まるで、牡丹の花のように美しいわ。あなたを男にしておくのは本当にもったいないわ。」


 英月が帯飾りを選ぼうとした時だ。ホミンはジンにもらった帯飾りを出した。


「これをつけたいんです。」

「まあ、素敵な帯飾りね。衣装にぴったりだわ。」


 胸元に帯飾りをつけ、仕度は完成した。いつも子犬のようにかわいらしくて元気なホミンが、あでやかな花に生まれ変わった。


 全身をうつす鏡がないのが、本当に残念だが、今こうして女性の装いをしただけで、気持ちまで変わってしまうのは不思議だ。しばらくすると別の感情が湧き上がってきた。


「この姿でジン兄貴に会えたらなあ。」


 切なさが胸を締め付けた。


「いけない! いただいた役目をきちんと果たさなくては!」


「ホミン、今からあなたの名前は牡丹モランよ。地方から来た妓生キーセン。聞かれたら、そうお答えなさい。わかったわね」

「はい。英月さん。本当にありがとうございます」


 ホミンは歌う時だけ部屋に入ることになっていた。2曲歌ったら、お辞儀をして、にっこり笑って外に出る練習もした。まもなく始まる。今日のお客様は高貴で大事な方だと聞いた。月に一度だけのお楽しみの日だから喜んでいただきたい。ホミンは英月の後について仕度部屋を出た。






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