第15話 ソン・ジシュク

 ホミンは毎日、午前中の涼しいうちに御用聞きに回り、午後は部屋で本を作るために絵を描いたり、文章を考えたりしていた。お互い集中したいので、ユンシクとは別の部屋で過ごしている。墨と筆を使うのにも随分慣れた。


 今日は大事なお客様……ユンシクの本屋の経営者で、開業の時、全面的に支援してくれた人が来られると聞いている。月に一度仕事ぶりを見に来るのだ。


 外から馬のひづめの音といななきが聞こえたので、ホミンは筆を置き、立ち上がった。


 外に出てみると、既にユンシクが対応していた。そこにいたのは、馬に乗った上品な両班ヤンバンの男で、薄いピンク色の衣を着ていた。彼は、剣を持った筋肉質なお供をひとりと、妙な格好をした老人を連れていた。オーナーというからおじさんかと思っていたら、ジンより若そうに見えるので、おそらく20代だろう。身長は高くも低くもなく、一言で言えば「いい人」そうだった。彼は馬から降りるとホミンの方を見た。


「初めまして。君が噂の新入り君かい?」


 彼は気さくに話しかけてくれた。笑顔になると目が線になって弧を描いている。


「はい。ホミンと申します。よろしくお願いします」

「私はソン・ジシュクだ。私のことは聞いているね? 君はなかなかいい仕事をすると報告を受けているよ。よろしく頼む。ところでこの老人は、私が懇意にしている占い師で、王宮にも出入りしている者だ。今日は私が帳簿を見ている間、ユンシクはこちらの老人の話を聞いてほしい」

「承知しました」


 見るからに胡散臭い老人だが、ユンシクが素直に従うところを見ると、よほど、このソン・ジシュクは信頼できる人なのだろう。護衛の男は庭の木に馬をつないでいた。


「帳簿を見る前に、ホミンの描いた絵を見せてくれないかい?」


 ソン・ジシュクの求めに応じて、ユンシクはホミンの仕事場へ彼を案内した。机の上にはホミンがさっきまで描いていた花の絵があった。彼はそれを手に取ってしばらく満足そうに眺めていた。


「素晴らしいね。ねえ、ホミン、君の人物画の腕前も見せてくれないか?」

「それならこちらに……」


 ホミンが、前に作った本の挿絵を見せようと思うと、彼はそれを制した。


「いや、描くところが見たいんだ。ユンシクをモデルに、今ここで描いてくれないか? 線画でいいよ。短時間でどんなものが描けるか見せてくれ」

「わかりました」


 彼はユンシクを座らせ、角度やポーズを指示した。ホミンは新しい紙を広げて筆を持った。短時間、という注文に忠実に応えながらも、できる限り丁寧に描き上げた。


「できました」

「ほう、早かったな。どれ……。いやあ、これはよく似ている。うまいなあ。よくできているよ。気に入った。記念に持って帰っていいかい?」

「はい、かまいません。墨が乾いたらお包みします」


 また彼の目は線になって弧を描いている。イケメンではないが、愛嬌があって憎めない人だ。彼が絵をとても気に入ってくれたので、ホミンはきれいに包んで渡そうと思った。


 その時、一緒に来た老人がコホンと咳払いをした。







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