第14話 ユンシクと真珠楼

 真珠楼は、このあたり1番の妓楼だ。その日の夕方の開店前の時間も、妓生キーセンたちがいつものように賑やかに支度をしていた。むせるような化粧の香り、高らかな笑い声。おしゃべりに花を咲かせながら白粉おしろいをのせ、紅をさす。ユンシクは時々、妓生が一堂に集まるそんな時間を利用して本の売り込みに来ていた。朗読を得意とするユンシクは、肌もあらわな姐さんたちが直接見えないついたての陰から、新作を高らかに朗読しては売り込んでいるのだが、今日は初めてホミンが書いた新作を持ってきた。


「男はほとばしる熱い心を残すように、静かに背中を見せ、ゆっくりと扉に手をかけた。いやよ、その扉を開けないで……女がそう思ったその時だ。突然男が振り向き…………」


「きゃー!」


 妓生たちの黄色い声。


「ねえ、どうなるの?」

「ちょっと、ユンシク、早く続きを読んでよ」

「続き続き!」


 待ちきれない姐さんたちが口々にせかした。


「この続きが読みたければ、2両に負けてあげるよ〜!」


 ユンシクがついたての陰から本を広げてちらりと挿絵を見せると、姐さんたちは大喜びで群がってきた。実に迫力のある光景ではあるが、女のユンシクには刺激はない。

 ホミンの恋物語は好評で、売り上げは上々だった。さすが、向こうの世界で二次小説を書いていただけのことはある。絵も綺麗なので、女性には大人気だった。


「ユンシク、今日は大繁盛ね」


 真珠楼の女主人、英月ヨンウォルがユンシクに声をかけた。妖艶でありながら気品も併せ持ち、ここの妓生の誰もが一目置く存在だ。英月はユンシクの耳元で囁いた。


「満月の夜、また来るんでしょう? 準備して待ってるわ」

「ああ、頼むよ。」


 ユンシクはにっこり笑って真珠楼を後にした。日が落ちてしまう前に帰らなければならない。






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