第12話 美しい女性

「あ……あの女性ですか?」

「そうだ。綺麗に描けよ」

「わかりました……」

「実物を見て描いた方がいいだろう? 出来上がるまで、ここへ毎日通うといい。あいつは午後、みんなのお茶の準備をしに来るから、その頃に来るといいよ。それから、あいつには内緒で描いてくれ。びっくりさせたいからな」

「わかりました」


 すると、見られていることに気づいたのか、ヘリョンがこっちを見た。ホミンがペコリとお辞儀をすると、ヘリョンも穏やかに笑ってお辞儀をし、手招きをしてくれた。


「ジンさんのお知り合い? あなたもこちらへどうぞ」


 彼女はホミンの分までお茶とお菓子を用意してくれた。優しくて、温かい空気で包んでくれるような、そんな女性だった。


「こいつは俺の弟分で、ホミンっていうんだ。よろしく頼むよ」


 ジンとヘリョンは親しいようだが、彼女はドラマには出てこなかった人物だ。ホミンは二人の関係が気になって、お菓子の味もよくわからなかった。どうすればいいかわからなくて、お茶を飲み終わるとすぐに立ち上がってしまった。


「明日、また来ます」


 複雑な思いを抱えながら帰途についた。


 ヘリョンはジンの思い人なのか? 2人は楽しそうに話していた。考えれば考えるほど、勝てる気がしなくて苦しい。ヘリョンと比べるとホミンは子どもだ。そもそも、男であるホミンは恋愛の対象にすらならない。ここで生きていくには仕方ないとはいえ、ジンに堂々と女として会えないことは、思った以上に辛かった。しかし、最初にユンシクに言われたように、これはユンシクとホミン、二人の連帯責任だ。女だとバレて、自分だけでなくユンシクにまで迷惑がかかってはならない。ただ、耐えるしかなかった。


(ジン兄貴と一緒にいられるだけでも夢みたいなんだから、幸せだよ)


 自分に言い聞かせた。そう。向こうの世界にいた時は、テレビの中の人で、会うことも、ましてや話をすることもできなかったのだから。ジンと一緒にいられることは奇跡なのだ。


 ホミンは市場通りを歩いていた。商人たちは、道端に木の台を置き、それぞれの商品を並べている。綺麗な色の生地を売る店、美しい細工のかんざしやリボンが並べられた店。ホミンは吸い寄せられるように、色とりどりの帯飾りが並んだ店先を覗いた。


(わあ、可愛い……)


 ホミンは帯飾りを見て、一瞬、手に取ろうと思ったが、すぐ思い直して手を引っ込めた。


 店主がすかさず声をかけてきた。


「お兄さん、贈り物かい?」

「あ……ああ、姉にね」


 ここは嘘でも言った方がいいと思った。


「思い人にあげるんだろう? 正直に言いなよ。この色男」

「あ、ありがとう。また来るよ!」


 ホミンは慌てて店を離れた。これ以上、店主の話に合わせる自信がなかった。


(もし、女として生きることができるなら、どんな姿でジン兄貴に会いに行くだろう?)


 ホミンは自分の着ている服をながめた。地味な色の男の服。そして、今は化粧もしていない素顔のままで、なんの飾りもつけることができない。


 市場で見た、ピンク色の生地のチョゴリに赤いチマ、蝶の帯飾り、花の髪飾り……。自分が身につけた姿を想像すればするほど、締め付けられるような胸の痛みを感じた。ここで生きるためには、願ってはいけない事だった。




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