第9話 春画を引き受ける

 久しぶりに外の空気が吸えるとあって、ホミンの足取りは軽かった。夏の日差しも、午前中はまだ優しい。初日にヨンジャの店から逃げている時はあまり見ることができなかった街の様子も、ゆっくり見ることができた。


 その日は、取引をしているいくつかの小さな商団を回り、最後に大きな商団の前に来た。


「ここの男たち、春画を欲しがるんだよね。でも、俺はそんなもの描けないから、いつもの絵を見せるんだけど、彼らには評判が悪いんだ。逆に、ここのお嬢様には俺のラブストーリーが好評なんだよ」


 ホミンはその商団を見て、ハッとした。


(ここは、「漢陽ハニャンの華」で見たことがある! ジンが働いている商団では……?)


 中に入って、期待いっぱいで周りを見回してみた。すると……いた! あの人が!背が高くて肩幅が広い彼が、手下に指示を出しながら荷物を移動させている。ホミンの鼓動が早くなった。しかし、ユンシクはそんなことも知らずに、何の躊躇もせずその人の方に進んでいった。


「こんにちは。ジンの旦那。御用はありませんか?」

「おう、ユンシク、しけた絵を売りにきたか、ハハハ」


 ジンがホミンを見た。ホミンは自分があの時ジンが助けた女だとバレてしまうのではないかと思うと、緊張感につぶされそうで自由に体を動かせなかった。心臓が痛いほど打っている。


「お、新入りか?」

「はい。俺の弟子で、ホミンと申します。なかなかいい絵を描く絵師なんですよ」

「よ、よろしくお願いします!」


 ジンは気付いていないようだ。ホミンは少し気が楽になった。


「そうか、絵師か。ユンシクはしけた絵しか描かないが、お前はどうなんだ? ハハハ。まだ若いから無理だろうな」


 そう言われて、ホミンの絵師魂がメラメラと燃え上がった。


「描きます! 描かせていただきます!」

「おい、ホミン、春画だぞ? そんなもん描けるのか?」

「なんでも描きます!」


 絵師魂だけではなかった。ジンと話ができる、これからジンと関われるということの方がずっと大事だった。ジンは苦笑いしていたが、


「あまり期待していないから気楽にやれ」


 と言ってくれた。


 ドラマの中で見るジンは荒いゴロツキのイメージだ。大行主テヘンスの命令なら、殺人だってしてしまう。しかし、実物は見た目よりずっと優しかった。テレビに映ると実際より太って見えると言われるのはどうやら本当のようで、ジンの身体は、テレビで見るより、ずっと締まってスタイルが良かった。


「どんなものがお好みですか?」


 性癖を聞きたいような聞きたくないような…でも、喜んでもらいたい、そんな思いだった。


「いくら男同士とはいえ、初対面のお前に言えると思うか?」


 初対面と言った。男と言った。気付いていないことに安心した。


「それではお任せということで…」

「それでいいよ」

「初回はお試しで、無料で結構です」


 ホミンは満面の笑みで言った。


 この時、ホミンは気づいた。ジンの声、この声は、ジンを演じる俳優ユ・テハの声ではない。吹き替えの声優、大川俊輔の声だ。そういえば、ここは朝鮮なのに、言葉が分かる。まさか、タイムスリップではなく、ドラマの中に迷い込んだのだろうか? いや、ありえない。しかし、もう一週間以上ここにいる。ホミンは混乱していた。






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