対クリスタリア戦闘員・イージス ②

 蓮二の運転するジープが整備された道を進む。

 端地から揺られること三十分ほど、東都区域の中心部に入っていく。車道は最低限の舗装が成されているがそれだけだ、その証拠にすぐ目に付く場所にひび割れが認められた。

 交差点の信号で止まると周りに視線を動かす。大幅な国道は伽藍洞で、他の車は両手で数えられるほどしかない。それもイージスの象徴である盾のエンブレムが張り付けられた車や政治家が乗る高級車だけが見受けられた。


 地球がクリスタリアに侵略され、数多の貿易ラインが壊滅的な打撃を受けた。世界経済は崩壊、中でも原油などの化石燃料を始めとして他国からの輸入に頼っていた日本は慢性的な物資不足に陥った。

 クリスタリアへの研究が進んだ今でこそ、イージスの支援あって航空機や船による物資輸送を行う事が出来ているが、その絶対数も戦前に比べて圧倒的に少ない。発電や軍事目的に用いる分が関の山、一般に流通するには圧倒的に量が足りていない。

 移動は基本的に徒歩か自転車、国が運営しているバスや電車などの僅かな公共機関に頼るほか無くなっていた。

 自分たちがこうして車を使えている――正確にはこれから会う上司から借りている――のは、ひとえにイージスであることが大きい。


「あ、信号変わった!」

「っと、ありがとな」

「えへへー、どういたしまして!」


 助手席からの声に思考を引き上げる、確かに信号の色は青となっていた。下手をすればクラクションを鳴らされるような場面だが、背後には一切の車がいない。

 蓮二がアクセルを踏めば車が緩やかに進み出した。


 東都区域は大きく分けて二つに地域に分けられる。生き残った人々の多くが身を寄せ暮らす外周区、軍事や政治などの重要施設が集う中央区だ。

 蓮二が目指すのは中央区、その第二区画である。


 政治家が乗る高級車や物資輸送車両と時折すれ違いながら、やってきたのは第二区の一角。目に飛び込んで来たのは目的地である窓が存在しない直方体の建造物。無駄は一切許されないと言わんばかりの機能美だけを追求したシンプルなデザインだった。


 入口に配置された警備員に認可証を差し出す。手元に持った機械で読み取って数秒、開いたゲートに合わせて敷地内に入ると搬入口に設置された巨大エレベーターシャフトに車を止める。直後、重厚な金属音と共に降下を始めた。


 強烈な引き戻される感覚に合わせて降下がぴたりと止む。蓮二たちを迎え入れたのは電光に照らされた地下に造られた空間だった。作業着に身を包んだ人々と機械が織りなす喧騒は広大に響き渡っている。

 これこそが第二区が誇る総合研究施設、日本の科学叡智が集う機関である。

 ふと、蓮二は前方に白衣を纏う女性が近付いてくるのを確認した。やけにうさん臭い雰囲気を漂わせる彼女こそが今回の物資運搬を依頼した人物に他ならなず、現在俺にとって直属の上司にあたる雪ノ下ゆきのした御影みかげその人だった。


「やぁ二人とも、臨時の戦闘お疲れ様。あとは作業員に任せてついて来たまえ。時間が惜しい」

「了解。行くぞ一海」

「はーい!」


 蓮二は車のキーを作業員に託す。シートベルトを外し躍り出た一海と共に白い背中を追うように歩き始めた。

 御影と同じく白衣を身に纏った研究者が行き交う廊下を奥に進んで行くと巨大な扉の前に行きつく。プレートには『雪ノ下研究室』と機械質な印字がされていた。その横には手付けのプレート、『勝手に入ったら研究材料♡』という何とも物騒な売り文句が乱雑に書き殴られていた。


 御影は備え付けられたカードリーダーに認可証をスキャン、電子ロックが解除され開け放たれた扉を跨ぐ。

 薄暗い室内で自己主張しているのは山積みの書類で埋め尽くされた机。表面に見えるだけでもクリスタリアの解剖結果や新開発武装の設計図など様々だ。御影は通るすがら留められている紙束を三つ引き抜く、当然紙山は崩れるが気にすることはない。蓮二と一海も初めは直していたが改善する気が皆無だと分かってからは放っておくようにしている。

 他に目立つのはクリスタリアのレプリカだろうか。実物大とはいかないものの精巧に作られたそれは実際に戦う者として百点満点の出来栄えと言わざるを得ない。今にも動き出しそうであり、明かりの薄いこの空間でホラーサスペンスでも起こりそうな迫力があった。


 御影が金属製のドアノブを捻り開け放つ。突然襲う光に目を細める蓮二たち、明るさに慣れたのを見計らい瞼を押し上げる。

 眼前に広がっていたのは巨大な手術台、中心に透明な甲殻を持つ物体が鎮座していた。見間違いが無いのならば蓮二たちが倒したクリスタリアの遺骸だ。


「博士、これは?」

「ん? あぁ、キミたちが遅かったものだから先に届いたコイツを解剖していた。流石は新種、非常に興味深いことが分かって満足だよ」


 サイドテーブルに乗せられた工具を退けて「よっこらせ」と声に出しながら腰を下ろす御影、蓮二はその姿を改めて目の当たりにする。

 顔立ちは整っており美人という他ないが、如何せん新月の夜を思わせる瞳が不気味過ぎて近寄り難さを演出している。

 そんなことを考えていた時、蓮二と御影の視線がバッチリ合った。


「なんだ蓮二クンそんな熱い視線を向けて。まさか私に欲情でもしたかね?」

「バッ、馬鹿じゃねぇの! ンなわけあるか!」


 動揺で敬語が抜け落ちる。

 御影から口調は素でいいと言われているが一応は上司。やはり言葉遣いは大事だろうと意識しているが、こういった事態では忘れ去られてしまう。


「いや皆まで言うな。私自身、老若男女を惑わすこの美貌は理解しているとも。健全な男子ならば性的欲求に駆られるのも仕方あるまい。ホレ、こういうのがいいのだろう?」


 そう言って詰め寄る御影。反射的に仰け反った蓮二は開け放たれた白衣、普段着に包まれた双丘に視線が釣られる。

 ――ごくり。

 生唾を飲み込んだ瞬間、蓮二の体勢が崩され途轍もない圧力が腕を襲う。その正体はすっかり瞳の光を無くした一海によるものだった。


「蓮二、ナニ見てるの?」

「す、すまん! だが後生だ、俺も男なんだ‼」

「反省の色なし、天誅てんちゅうッ!」

「いだだだだッ⁉ やめろ一海人間の腕はそっちには曲がらないッ⁉」

「ハハハハ、良いパートナーじゃないか。やはりキミたちは私が見てきた人間の中でもひと際面白いな」


 弾けたように笑う御影。玩具にされている気付いた時には既に遅く、蓮二は拷問が如き所業に耐え忍ぶしかなくなっていた。


「さて、それじゃあ短く済む話からしようか」

「待ってくれ博士このまま始めるのか⁉」

「別に私に不都合は無いしね。即興劇を見ながらというのも乙なものだ」

「は、話が入ってこないから勘弁してくれ!」

「フム、それもそうだな。一海ちゃん、今だけは放してやりなさい」

「……分かった」

「よ、よかった。よくぞ無事だった俺の骨……」


 キメられていた関節を優しく撫でる蓮二。

 ここ最近は特に尻に敷かれている気がする。ここは年上として一発ガツンと言ってやらねばなるまい――そう思い立った蓮二の耳元に、一海の口が寄せられる。


「帰ったら続きだから」


 前言撤回、今日が俺の命日らしい。冷や汗が背中を伝うのが感覚で分かる。

 ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべる一海。どうにも攻撃的に見えてしまうのは錯覚だろうか。


「さて、青少年が落ち着いたところで始めよう。まずは今回依頼で運んでもらった電子部品の用途についてだ。まぁ守秘義務もあるため話せることは少ないが、それなりに役に立つ物を作るためと言っておこう。はい、この話終わり」


 足早に言い切った御影。内容も特に説明することは無いと言わんばかりの事務的なものだった。

 それもそのはず。御影は”興味の無いことにとことん無頓着”ということは界隈で有名だ。もっぱら研究で引きこもっているため周りからは変人扱いされている。


 それはさておき。

 続けて御影は一つの紙束を差し出してくる。受け取った蓮二、パラパラと捲って内容を確認すると自身の『破晶武装』――トンファーに似た二丁一対を成す武器の図面が刻まれていた。


 ――破晶武装。

 それはクリスタリアを撃滅せんが為に造られた人類の叡智の結晶。クリスタリアから採取した殻などを加工、金属パーツと組み合わせて製造される武器である。

 イージスは破晶武装を用いてクリスタリアと戦う。しかし現在、蓮二の使用するものは過度の使用によって修復を余儀なくされていた。


「博士、修理までどのくらいかかるんだ?」

「そうさねぇ。長く見積もって一週間、早くて五日ってところかな」

「はぁっ⁉ いくらなんでも長すぎるだろ!」

「妥当なところだと思うけどね。内部信管はおろか肝心の杭まで曲がっていたんだ。ここまでくるとイチから造り直したほうが早い。寧ろ五日で新造できることを褒めてもらいたいのだが?」

「でも……もうちょっとなんとかならないか? 予備のパーツはあるんだろ?」

「いい機会だからな。今までキミたちが倒したクリスタリアの素材を使って色々改良することにした。それにサブアームとしての銃もあるだろう。それでは駄目なのかね?」

「いや、銃に不満は無いけどさ……」


 そう、銃に不満はない。

 あるとすれば、自らが前線に立てないという歯がゆさだ。

 ただ、そんな考えは目の前の御影には筒抜けのようで。


「その顔を見れば大体察しはつくよ。まったく、キミは笑ってしまうほど本音を隠すのが下手糞だな。本当にあの『献咲』か?」

「う、うるせぇよ! しょうがねぇだろ性分なんだから!」

「悪い悪い。……だが、個人的には蓮二クンくらい馬鹿正直な人間の方が好ましいと思うよ。まぁ今回ばかりは我慢して受け入れたまえ。こちらも全力を挙げて作業することを約束しよう」


 「さて」と御影が一呼吸置き、クリスタリアの遺骸の元へと歩み寄る。打って変わってウキウキとした雰囲気を発し始める。

 蓮二たちはここからが本番ということを肌で感じ取った。


「まずはキミたちが倒した未確認個体の基礎情報から行こうか。全長二.四メートル、全幅一.五メートル、全高は一.〇メートル。特徴的な見た目からも分かる通りモチーフはさそりで間違いない。ようやくきたかと喜べばいいのか、遂に現れてしまったと嘆くべきか」

「裏は、取れてるのか?」

「勿論さ。こいつを見ろ」


 御影はリモコンを操作する。設置されているモニターに映されたのはドローンによって空から撮影された映像。そこに映し出されたのは無残に崩れ去った都市の姿だった。

 画面中央、所々が欠けた建造物の頂点に鎮座するのは大型トラックほどの体長を誇る透明な蠍の姿。テーブルに転がっている残骸の個体をそのまま巨大にしたような生物だ。

 そこで映像が停止される。


「撮影時間は今からちょうど二時間ほど前、場所は旧静岡県沿岸部。これを撮った偵察員が任務中に襲われたらしい。ヘリの残骸から見つかったのはパイロットの焼死体だけ。キミたちが倒したのはコイツの体液を注入された偵察員が変体したものだ。変体直後の段階で倒せて良かったな。数分もすればここから急速な細胞増殖を繰り返し成体となっていただろう」


 その言葉に蓮二が身震いする。武装が心もとない現在、戦ったことのない個体を相手取るには不覚を取る可能性が著しく高い。

 そうならなくて良かった。安堵に胸を撫で下ろす蓮二と一海だった。


「そうだ一海ちゃん。クリスタリアについての基本情報を述べたまえ」

「え? えっと、地球で一番頑丈で強い生き物! あとはクリスタリアの持つ細胞が感染するかもしれないから注意しなきゃいけない……で、合ってる?」

「ああ、大体その認識で構わない」


 御影は仄かに口端を吊り上げる。


「正式名称は結晶構造生命体、通称クリスタリア。見た目は個体差があるが、共通して宝石などの奇石類を思わせることが名前の由来だな。奴らが身に着ける結晶甲殻は硬度、強度、耐性のあらゆる面で地球で自然生産される物質を大きく凌駕している。また、構成する結晶細胞はウイルスの性質に近似していて、感染した生物の遺伝子を書き換えて同族を増やすことは有名だ。まったく、どうやったらこんな生物が生まれるんだか」


 肩をすくめて零す御影。しかし言葉とは裏腹に語調は愉快げだった。


「総論として、クリスタリアに共通するのは強靭な肉体と感染能力がある。これのせいで人類は衰退を余儀なくされることになったわけだ」


 「まぁ、そんな窮地に新資源を巡って内ゲバをやっていた人類も悪いのだが」と自嘲気味に嗤う御影。


「さて、話を戻そう。今回確認された蠍型クリスタリアだが、星団級ゾディアックに分類されることとなった」

「識別名称はやっぱり天蝎宮スコーピオンなのか?」

「ああ。既に粗方の情報はまとめて提出してある。暫くすればそれぞれの支部を通じて全世界のイージスに知れ渡るだろうな」


 さも嬉しいように語る御影。

 それに反して、何を馬鹿なことをと蓮二は内心毒づく。クリスタリアに新種が現れるということがどれだけ恐ろしいことかを知っているからだ。

 世界が荒廃し、人類が衰退した元凶。宇宙からの来訪者は尚も進化を続け、地球上の生命を刈り尽くす。

 ――ああ、認めなければならない。

 地球という星を支配してきた人間。生態系の頂点に君臨していたその座は、既に奪い去られているのだと。

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