第2話【月明かりの下】
玄関のインターフォンが唸っている。
ざらついた無機質な機械音が、彼を一気に現実へと引き戻した。唸る音に懐かしさすら覚えるそれは、久しく耳にしていなかったせいか、もう鳴らなくなったのだと勝手に思い込んでいた。
ふと目を見開いて、呟く。
「……我ながら不用心だな」
深い群青みがかった暗がりのなかで、薄明るい月光に包まれるなか、その澄んだ空気に浸るあまり、微睡むなかで一瞬の夢を見ていたらしい。無音で遠ざかっていく夏の空気を感じ取り、心が安らいでいた。
向こうでは戸締りが当たり前の修司も、こちらに帰れば窓を開けっ放しで縁側の柱に寄りかかり、寝入ってしまう。その感覚の違いが、実家にいる安心感から来るものなのかは、わからない。網戸の匂いが鼻についた。
また、インターフォンが鳴る。
「縁側ですよ」
振り向きもせずに言った。来ないならそれでもいい。
修司の父は奥の居間で寝入っている。母は婦人会の付き合いで旅行に出ていた。だれが尋ねてきたかは知らないが、睡魔に誘われて心地よくなっていただけに、わざわざ立って出迎える気は起きない。来訪者は修司の思惑を汲み取ったのか、少し迷いげな足音を立てつつ、ゆっくりと近づいて来た。
――透いて高い声が飛んでくる。少女の声。
「ごめんくださぁい」
不思議と慣れ親しんだ声と同時に、声の主がひょこっと顔を出す。黒髪に色白の小顔で、柔らかく表情をつくる女の子だった。
「
「はい。――こんばんは。シュウちゃん」
涼香はそう答え、弾む足取りで修司の近くに寄る。修司がひっそりと浸る縁側で、彼の隣に腰掛けた。口の両端を柔らかく釣り上げて笑みをつくり、小柄な白い足を振りながら、先程の彼と同じように、月明かりを浴びる庭へと視線をやった。
修司は、
「こんな夜半にどうしたの。危ないぞ」
と、同じく視線を前に向けたまま尋ねる。
「平気。今日は満月で明るいもん」
涼香は、シャツにショートパンツにつっかけの、明らかに外向きでない格好でやって来た。
「いくら隣近所だからって……」
「シュウちゃんが来ないから、こっちから来たんですよ」
彼女の黒髪が月明かりを艷やかに照り返していた。毛先はいくらか束になっていて、薄っすらと湿り気を帯びている。シャンプーの匂いが風に乗って漂っていた。どうやら風呂上がりらしい。修司はしばらく黙ったまま、静かに月を見上げた。
前に会ったのは、半年ほど前だったか。
――たまたま、「向こう」で。
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