第8話 情けない俺

「秀悟は」「秀悟君は」「先輩は」「兄さんは」


「「「「誰が好きなの!?」」」」



 四人の美少女にそう問い詰められて、俺は彼女たちに好かれていることを改めて実感する。今まで気付いていなかったことに、少しだけ罪悪感を感じた。


 「誰が好きなの」か……。

 好きな人の好きな人が気になるのは当然だろう。


 沙也加は小さい時から一緒にいて、楽しい思い出もいっぱいある。

 唯香はまだ仲良くなって日も浅いが、素の自分でいる彼女は嫌いじゃない。

 風月は俺に甘えてきたりして、素直に可愛いと思う。

 紗希は妹だが、この中では最も一緒にいる時間が長いだろう。

 

 はっきり言って、みんな好きだ。

 だが、それが恋愛感情を交えた好きではないことはわかっている。


 この中に俺の好きな人はいない。


 レミでも、このクラスの人でもない。この学年の人でもなければこの学校の人ですらない。もっと言えば、この町にはいない。


 俺の好きな人は、遠くへと行ってしまっている。

 我ながら情けないとは思う。二年前に始まることなく終わった恋に、まだ未練を残しているだなんて。


 でも、忘れられない。

 もう会えることがないとしても、彼女を忘れることなんてできそうもない。


 本当に申し訳ないと思う。

 勇気を出して俺に告白してきたはずだ。なのに、今はいない人が好きだからと断られるのは複雑だろう。


 だが、嘘を言うのは彼女達にも失礼だ。

 正直に言わなければいけないのだろう。



「―――すまん。俺の好きな人は、ここにはいない」


 二年前のあの日に俺が初恋の人―――天野宮晴音に会う前に同じことを言われていれば、彼女たちの中から答えを出すことになっていただろう。

 その過程で、悩み、苦しみ、最終的に傷つけることになってしまっても、誰かを選ばなければいけなかったから。今までの関係を捨ててでも、俺は答えを出したに違いない。

 もしそうならば、彼女たちは最後に俺と、選ばれた人を祝福してくれただろう。悔しくても好きな人の喜びを一番に考えてくれる人たちだということは、関わってきて知っている。


「―――その人は、二年前にこの町から引っ越した」

 

 だが、俺の答えはそれすらできない。

 今はもういない。だから選ばれる以前に、選べない。

 祝福もできず、不完全燃焼のまま終わってしまうことだろう。


「それでも俺は二年前から今まで、その人のことがずっと好きなんだ」


 俺は彼女たちに頭を下げた。


「お前達の思いに応えられなくて、ごめん。二年も前に惚れた相手を未だに未練がましく思っていて、ごめん。こんなに情けない俺で、本当にごめん」


 罵倒くらいは覚悟していた。頬を張られたとしても、構わない。

 それくらいのことはされてもおかしくないと思う。

 断る理由が彼女たち自身が問題だったわけではなく、単純に俺が情けないから。


 そうして頭を下げ続けていると、俺の方に近づいてくる足音が一つ。

 何が来ても、絶対に受け止める。そう覚悟していたのだが。


 やってきたのは、背中へのポンという軽い衝撃だった。


「シュウ、貴方が何に対して申し訳なく思っているかわからないけど、彼女たちを見なさい」


 レミの、いつもよりも優しげな声に顔を上げると、四人は全員怒ってなどいなかった。むしろ、安堵した表情を浮かべながらも、やる気に満ち溢れているように見える。


「……ってことはまだ私達にも可能性があるってことだよね?」

「疎遠になっているのならば、私達が上書きすることもできます」

「その人のことを忘れさせるくらい先輩をメロメロにすればいいんですね!」

「略奪愛。……面白い。奪ったとしても最終的に愛されている方が正義」


 ……ああ、こんな情けない俺でもまだ好きでいてくれるのか。

 そう思ったら、何故か視界がにじんできた。


「……ありがとうな、みんな。あんな断り方したのに、見捨てないでくれて。本当に、ありがとう」


「あら、貴方に感謝される必要はないわよ」


 俺の隣にいたレミが四人のもとに移動し、片手で銃のようなものを作ってこちらに向けて構えた。




「あなたの愛を略奪うばってみせるから。―――覚悟しておきなさい」



 ……ああ、俺はなんて幸せな男なんだろうな。

 こんなに可愛い少女たちが俺のことを好いていてくれて。

 最低な理由で告白を断ってしまっても。

 それでも俺のことを諦めないでいてくれる。

 

 本当に、俺は幸せな男だ。


 涙を拭い、俺は不敵な笑みを作る。



略奪うばえるもんなら略奪うばってみろ」



 そう返すと、彼女たちも皆、にやりと笑って応えた。

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