第6話 約束と学園の天使

「シュウ。今週末って暇かしら?」


 今日一日の授業がすべて終わると、突然そんなことをレミが聞いてきた。

 因みに、この呼び名は一時間目の後レミの方から「私のこと、レミって呼んでいいわよ。その代わり、あなたのことシュウって呼ばせてもらうけど」と言われたのだ。学園の天使―――この呼び名は男子の中で満場一致で決定された―――までもが俺のことを下の名前呼びになったことで、男子からは途轍もない殺意を向けられ、更には学園のアイドルと学園の女神、そして学園の姫様―――これは俺の妹の紗希のこと―――にまで圧力をかけられてしまったが。


 そんなことは置いておいて、今俺は誘われているのだろうか?あの学園の天使に。


「まあ特に予定はないが……」

「そう。なら私と“デート”しましょう」


「………………はいぃ!?」


 えっと、ちょっと頭を整理しよう。

 まず、俺はレミに週末の予定を聞かれた。そして俺は予定がないといった。だからレミは俺をデートに誘った。……うん、何もおかしいところはないな。強いて言えばこの状況がおかしい。


「で、デートですかい?」

「ええ、そうよ」


 マジですか……。何故して俺みたいな奴とデートを……。


「あれ、日本で男女が二人で出かけるのってデートっていうんじゃなかったかしら?」

「それは間違ってないけど……なんで俺と?」

「私、気に入った相手には尽くすタイプなの」

「さ、さいですか……」


 随分とストレートに来ましたね……。

 気に入られたっていうのは素直に嬉しいけど、尽くすって……。もうよくわかんなくなってきた。ええい、もうなるようになれ!

 投げやりな気持ちになった俺は、レミの誘いを受けることにした。


「……わかった。いいぞ、デートしよう」

「ふふっ、ありがとう」


 するとレミは微笑んで、少し嬉しそうな表情をした。それだけで誘いを受けてよかったと思えるほどの、美しい笑みだった。


 そして俺は気付く。

 背筋がゾワリとするような冷気を感じる。油を差し忘れた機械のごとくゆっくりと後ろを振り返ると……それはもう、すごーく笑った女神様とアイドル様がいらっしゃった。その後ろに控えるは、準備運動中の猿数十匹。


 うん、俺にそのデートの日は来ないですね。


 だが、やはり天使は天使だった。


「貴方達。私、今大事なお約束をしているの。邪魔しないでもらえるかしら?邪魔したら……そうね、口を聞かないっていうのはどうかしら?」

「お前ら!撤退だ!」

「「「「「はっ!!!」」」」」


 そうして猿どもは、準備運動を止めて、血涙を流しながら撤退していった。……どんだけ悔しいんだよ。

 だが、撤退しない者が約三名。女神様とアイドル様と姫様……っておい紗希。お前いつ来た。


「……星永さん、紗希ちゃん。一時休戦しよ」

「同意します」

「賛成。あの性悪女をぶちのめす」


 うん、三人とも仲良くなったようで何よりだ。あと、紗希さん。家に帰ったら家族会議するから、覚えておくように。

 

 同盟を組んだ三人を前に、天使様は一歩も引かない。むしろ、余裕の笑みすら浮かべている。……メンタル強いわ憧れる。


「それでシュウ、その日どっか行きたい場所とかあるかしら?」


 スルーですか。やっぱこの人強いわ。

 後ろから感じる圧力にビクビクしつつも、俺はレミの質問に答える。


「……特に無いから、レミに任せる」

「いや、そもそも行かせないからね!」

「そうです!秀悟君は私のものですから、どこにも行かせません!」

「……星永さん、兄さんは私もの。これテストに出るから覚えておくように」

「ちょっと!秀悟は私のものだからね!それは譲れないよ!」


 俺は所有物なのね。人なのに物ですか。ちょっと傷付いたぞ。少しは俺の意見とかも尊重してくれよ。

 あと紗希、そんな問題が出るテストなんてあってたまるか!誰が解くかよ。


「そうね……映画とかどうかしら?」

「あ、ああ。いいんじゃないか……?」

「ダメ秀悟!私と映画に行こう!」

「秀悟君、映画に行くならやっぱり私とですよね?」

「兄さん、ここに映画のチケットが二枚ある」


 え、何これ。俺選ばないとダメなんですか?先にレミと約束したからその日はレミとどっか行くつもりだが。やっぱこういうのは先着順だろ。

 ってかお前ら、俺を朝と同じ配置で引っ張るな。そしてレミは見ていないで助けろ。


「―――秀悟先輩は居ますか……あ、いた!」


 突然ドアのところに現れたかと思うと、そう言ってこちらに駆け寄ってくる影が一つ。

 その影は唯一空いている場所―――つまり、俺の正面に飛びついてきた。


「ちょ、おい風月!やめろ!」


 飛び込んできたのは、一つ下の後輩、佐川風月だった。

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