第5話 転入生と教科書

「よお、秀悟。今日も朝から大変だったみたいだな」

「……慶也か。なんだ?今俺は疲れているんだ」


 俺が教室でぐったりと机に伏していると、面倒くさい奴がやってきた。しっしっ。陽キャは帰れ〜!


「いやぁ、朝のやつ俺も直接見てたけどさ、お前いつの間に星永さんと仲良くなってんだよ。下の名前呼びを許すとか、おかしいだろ普通」

「知るか。俺も聞きてぇよ」


 本当に、何で俺みたいなやつを下の名前で呼んでくれたりするんだろうな。俺は不良から救っただけなのに。


「まあでも、感謝してるぜ、親友。お前のおかげで学園の女神様ともお近づきになれるんだからよ」

「そんな下心丸出しで近づいてくるやつを親友とは呼ばん。お前は俺の溜まりに溜まったフラストレーションの放出先となってくれるみたいだな」

「あ、ちょ、秀悟クン?話せばわかると思うから、その握りしめた拳をしまおうか?」

「うるせぇ!これでもくらえ!」

「ほら〜、ホームルーム始まるからお前ら座れ」


 チッ、あとちょっとであのイケメン顔を歪ませられたのに。

 悔しい思いをしつつも大人しく慶也の奴を追うのを止める。


「それじゃあ、一つ重大な報告がある」


 いつも適当な雰囲気の担任がいつになく真剣な表情をした。それに、生徒たちがごくりと唾を呑む。


「……このクラスに転入生がやってくる」


 ……はぁ……?

 いや、それそんな真剣な顔をする必要がないように思われるんだが……。


「驚くにはまだ早い。……なんとその生徒なんだがな…………めちゃくちゃ可愛い」

「「「「「うぉっしやぁ!!!!」」」」」


 ……何このクソ教師。教育委員会に訴えるぞロリコン。教師辞めちまえよ。

 だが、男子生徒の反応がものすごく良い。お前らは猿か。


「それでは!―――榊原さん、入っていいぞ」

「……失礼します」


 凛とした声が聞こえて、この教室に入ってきたのは金髪の美少女。

 スタイルがものすごく良く、腰まで伸びた髪の毛はとても輝いている。


「「「「「おお~!!!」」」」」


 おいお前ら。このクラスの品位を貶めるようなことをするな。榊原さん?も、困惑しているぞ。


「初めまして、榊原レミリアです。母がフランス人で父が日本人で、いわゆるハーフなんですけど言葉はしっかり理解できるので、気軽に話しかけてくれるとありがたいです」


 フランス……いいな。街並みとか絶対綺麗だし、羨ましい。

 というか、気軽に話しかけてって言うとうちの猿たちが喜んじゃうから、言わない方がよかったと思うよ。


「ようし、それじゃあ榊原さんが座る席は―――」


 あ、なんか嫌な予感がするぞ?

 俺の席は教卓から見て右の一番後ろ。そして、俺の席のお隣りには昨日はなかった空席が一つ。

 誰か、僕と席代わりませんか?


「―――武井の隣だ」


 ギロッ。

 ひぃぃぃ!

 流石の殺気に慣れまくっている俺でも、これは耐えられん。しかも何故か男子からだけじゃなく女子の一部―――詳しく言うと沙也加と唯香からも満面の笑みの下に潜んだ圧力が感じられるのが何より恐ろしい。たかが席が隣になるだけだよ?学校で近くにいることになるだけだよ?


 俺が心の中で戦々恐々としていることなど露知らず、榊原は俺に「よろしくお願いします」とニコッと笑いながら言ってきた。俺死んじゃうからそれ止めてほしい。けど可愛かったしゆる……せないわ、うん。女子二人が怖すぎる。


「それじゃあこのまま授業始めるから、座ってろよ。―――それと武井、榊原さんは教科書まだ持ってないから見せてあげろ」

「……はいぃ」


 え、教科書見せるってことは、必然的に距離が近くならない?

 そんなの、俺の未来が行方不明になるから勘弁なんだけど。

 でも、榊原がぺこりと頭を下げて机を寄せてきたのを見て、俺はしょうがなく見せることにした。……あくまでもこれはしょうがなくだからね?だから人殺してそうな顔で睨むのと、聖母のような笑みを浮かべながら人を押しつぶせそうな圧力をかけてくるのは止めようか。


「ごめんなさい、迷惑をかけることになって」


 隣の榊原が俺が渋々教科書を見せたことを「見せるのが嫌」だということと勘違いしたようで、謝ってきた。申し訳ない。


「いや、全然大丈夫。榊原のせいじゃないから」


 ある意味榊原のせいだけど!流石にそれを言うのは責任転嫁が過ぎるので我慢。

 ってか、この子も敬語?キャラ被……ゴホン。唯香と同じ感じなのかな。


「……それより、敬語じゃなくていいよ。タメなんだし」

「そうですか……。なら、普通に喋らしてもらうわね」


 おお……結構キャラ変わるな。気が強そうな喋り方だなぁ。これでキャラ被り……うぉっほん。何でもありません。


「それにしても、かなり書き込んであるのね」

「ああ、家で予習とかしてるからな」

「……意外っていったら失礼かしら」

「よく言われるから大丈夫。妹―――ここの一年なんだけど、あいつがめちゃくちゃ頭がいいから負けたくないなって頑張ってるんだ。わかんないことがあったら聞けよ。答えられる範囲で答えてやるから」


 俺が少し冗談を混ぜてそう言うと、榊原は口元に手を当てて笑った。


「ふふっ、負けず嫌いなのね。じゃあ遠慮なく頼らせてもらうわね。早速だけど……」

「お、おう……いきなりだな」


 榊原と会話しながら受けたこの授業は、いつもよりも早く時間が過ぎて言った気がした。

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