第3話 素の自分

 そして五分後。

 泣き止んだ星永は顔を真っ赤にして俯いていた。……いつもの落ち着いた雰囲気とは違う自分を見せたことに恥ずかしがっているのだろうか?

 すると俯いた状態のままだが、星永が口を開いた。


「お見苦しいところを、お見せしました……」

「いや、見苦しくなんてなかったぞ。……むしろ、素の星永が見れて嬉しかった」

「……素の私、ですか……」


 星永は俯くのを止め、空を仰いだ。……ちょっとくらい前向いてくれてもいいのに。


「私、元々は泣き虫だったんです。でも、ずっと泣き虫でいるわけにはいかない。だからいつも強がったり、弱い自分を押し殺していました。強がるのにも限度があるから、悲しくなるようなことがないように自分を磨いて、完璧になれば弱さを見せなくて済む。今じゃ『学園の女神』なんて呼ばれているみたいですけど、それも強がりから生まれた“自分じゃない自分”なんです。完璧を目指したせいで今回みたいなことがよくあって、でも期待されているから完璧じゃなくなるわけにはいかなくなって……」


 自分には理解できない悩みだった。

 完璧であるということは、それだけ問題を引っ張ってくるみたいだ。勝手に期待されたり、僻まれたり、欲求の対象となったり。

 そんなことも知らず、俺達は彼女にいつの間にかつらい思いをさせていたみたいだ。


「……俺は、たとえ星永が完璧じゃなくたっていいと思うぞ」

「…………え?」

「なんというか……完璧だろうがなかろうが、星永は星永だし……。それに、俺的には素の星永の方が話しやすいっていうか……」


 いつもの星永は凛とした雰囲気で、いくら人当たりがいいと言ってもこちらからは近づきがたい感じがする。

 その点、素の星永は纏っているオーラが変わって、近づくのに少しハードルが引くくなった気がした。


「そう、ですか……」


 そして再び俯いて、何かを考えている仕草をする。……だから、こっち向いて欲しいんだけど。

 すると俺の心の声が届いたのか、やっとこちらを向いてくれた。

 俺のことを見るその顔はとても満面の笑みで、思わず見惚れてしまいそうになった。


「それじゃあ、の言う通り素の自分でいることにするよ」

「え⁉う、うん……それがいいと思う……よ?」


 今、俺は秀悟君って呼ばれたか?

 ……え、なんで?


 俺が思考を停止していることを気にも留めず、星永は上機嫌なのが目に見えてわかるくらい軽い足取りで再び歩き始めた。

 俺は取り敢えず星永を追いかけるために倒れている自転車を直して、跨らずに引いて追いかける。


「お、おい星永」

「星永?」

「は?」

「星永さんは他にもいます」

「は??」

「だ〜か〜ら〜!下の名前で呼んでください!」


 ぷくーっと膨らんだ頬を赤く染めながら、星永は俺にとんでもない要求をしてきた。

 彼女のことを下の名前で呼ぶのは、学年の男子の中では禁忌とされている。前にふざけた男子が下の名前で星永のことを呼んだら、その男子は翌日に「星永様」と呼ぶようになっていたという。そしてそれを見る女子の満足そうな顔よ。あれにはその場に居合わせた男子全員が戦慄したことだろう。


 ということで、もしそうやって呼ぼうものなら俺は女子に調教、もとい指導され、男子からは校舎裏への呼び出しの手紙が毎日数十件程届くことになる。

 そんな学校生活は絶対に嫌だ。


「……ごめん、俺は普通の学校生活を送りたいからそんなことは出来ない」

「そうですか……。なら、女子には秀悟君を洗脳しないよう私が話を通しておきます。男子には……そうですね、『秀悟君に迷惑をかけたらお仕置きですよ』とでも言っておきましょうか」

「あ、はい。そうですね……」


 もはや星永はクラスの支配者なのでは?影響力がエグい。

 ってかそこまでして呼んで欲しいのか……んなら、しょうがないし呼んでやるか。


「じゃあこれから……ゆ、唯香って呼ばせてもらうぞ」

「はい!」


 星永……じゃなくて、唯香はとても可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 そんなに喜んでもらえるのなら、俺も羞恥心を代償にした甲斐があったってもんだ。


「それでだな、ほ……唯香。お前ここがどこかわかるか?さっきは自転車でとにかく遠くまで逃げれるようにって必死だったから、全く知らない道まで来ちまったんだけど」

「ああ、それなら心配いりませんよ。ここ、私の家です」


 唯香が指差したところには……普通の家。


「……って、え⁉︎ここ?」

「はい、そうですが……」


 正直に言って、どこかのお嬢様だと思ってた。雰囲気が普通の人とは違うし……しまった。こういうのだよな、変な期待って。改善しなきゃだな。


 それにしても、適当に来たのに唯香の家に着くって凄いな。


「それじゃあ、また明日です」

「あ、ああ。また明日」


 そう言って家に帰って行った唯香を呆然と見ていたが、ふと我に帰ると少し後悔した。


 ……帰り道、聞き忘れた……。

 仕方なく俺はスマホの地図アプリを開き、自分の家へと大人しく戻るのであった。




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良ければ僕の連載している他の作品

『定期を拾ったら後輩との同棲生活が始まりました』

『天使になったので、『世界』を管理します。』

も呼んでくれると有難いです。

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