第2話 不良と学園の女神

 新学期初日の学校が終了し家に帰ってきた俺は、自分の部屋に入るや否や、ベッドに突っ伏した。


「はぁ~久しぶりの学校、めちゃくちゃ疲れた~」


 疲れのせいか、思わず声に出してそう言った。

 特に何かをしたわけではなく、ただ学校に行って話を聞いて家に帰るといったことしかやっていないのだが、夏休み中ずっとベッドの上で惰眠をむさぼったり本の虫になっていただけの俺には、十分疲れるに値した。

 ベッドに突っ伏しながら制服を脱ぎ散らかし下着姿になると、その状態のまま手探りでベッドに付属している棚から積読してある本を取り出そうとする。

 しかし、その手は空を切るばかり。いつもなら数冊は置いてあるはずのその場所には、もう一冊も本はなかった。


「……ああ、昨日学校に行きたくなさ過ぎて夜遅くまで読んでたから、積読全部消費しちまったんだったわ」


 読むものが無くなり、かといって二週目を読む気もない。

 一気に脱力し思わず深い溜め息がこぼれてしまう。

 そのまま寝返りを打ち、手を伸ばしてバッグの中からスマホを取り出す。電源をつけると妹の紗希から「友達と一緒にお昼ご飯を食べてから帰る」という旨のRANEが届いていた。そういうことならしばらく家に帰ってこないだろう。

 それならばと本の新刊を調べる。様々なレーベルの新刊を確認すると、お気に入りのシリーズものの最新刊や、興味のそそられる新作を数冊見つけた。

 

 腹筋を使って状態を起こすと、再びバッグをあさって今度は財布を取り出す。

 中身を見ると、買いたい本がすべて買える程度のお金は入っていたので、ベッドから降りて私服を適当に取り出して身に着ける。

 家を出て自転車に乗っていざ出発、と思ったが昼ご飯を食べていないことを思い出した。思い出した途端にお腹が空いていったが、ささっと行って帰ってこようと、空腹を我慢して自転車を漕ぎ始める。……帰りに何かコンビニで買って帰るか。




 この付近には本屋は一つしかない。駅前にある少し大きな本屋だけだ。

 品ぞろえは豊富で困ることがないのでいいが、売り切れていたりする可能性もある。正直もっと本屋ができてほしい。

 そんなことを思いながら本屋へ行くと、相変わらず人が多かった。まあこの周辺には一つしかないのでしょうがないと言えばしょうがないのだが。

 幸いなことに買いたい本は売り切れておらず、目的は果たせた。これでまた本に浸った生活が送れる。

 

 駅前まで来たついでにコンビニによって昼ご飯を調達しようと思い、行き来た道とは違う道を通る。すると目的のコンビニの近くにガラの悪そうな若者が三人、何かを囲うように立っていた。何かあったのだろうか。

 しかしながら彼らに絡まれると厄介なので、遠目に確認しようと思ったのだが、彼らが囲っていた人物には見覚えがあった。

 黒くてきれいな髪の毛を腰まで伸ばし、整った顔立ちは誰が見ても綺麗だと答えるだろう。


 学園の女神と呼ばれ、男子女子問わず多大な人気を誇る、星永唯香だ。


 俺の幼馴染である松崎沙也加とともに俺の学校で最も人気を集める彼女は、人当たりが良く、誰にでも優しい。それに加えて定期テストでは優秀な成績を残すなど、完璧と言って過言ではない人物だ。

 そんな彼女が何故不良に……と思っていると、その不良の一人が肩を抱くような仕草をした。もちろん彼女はそれを拒否したが、この状況はまずい気がする。

 俺の読む漫画やラノベでは、拒否すればこの不良たちはその行為に怒って殴りかかる――といった展開をよく目にする。現実が同じかは知らないが、危険な予感がしたので、俺はその場に自転車を止めて彼らのもとに向かう。


「あの~どうかしたんですか」


 あぶねっ!

 俺が彼らのもとに着いたとき、彼らのうちの一人がすでにこぶしを振り上げていた。間に合ってよかった。


「あぁ?誰だお前」

「えっ……た、武井くん?なんで……」


 彼女が自分の名前を知ってくれていた嬉しさは、彼らの鋭い眼光によってかき消された。


「武井?……誰だか知らねぇが、お姫様を助けるヒーロー気取りなら、止めといたほうがいいぞ」

「いやもうこれ殴っちゃいましょうよ。なんかイラつきますし」


 そう言って三人とも俺の方を向く。

 ……まずい、ここまで来て何にも考えてなかった。

 運動は得意でも不得意でもないが、喧嘩はできない。

 

「逃げて!武井くん!」


 ああ、これは俺が殴られている間に逃げてもらうのが得策か。少なくとも自分にできるのは逃げ回ることくらい……。


 その時自分の乗ってきた自転車が脳裏に浮かんだ。

 せめて自転車にさえ乗れれば……

 そう思った時、もう俺は行動していた。


 思い切り加速して三人のうちの一人にタックルし、星永の手を取って走り出した。

 全力で走って自転車にまでたどり着く。


「後ろに乗ってしっかり掴まって!」


 自転車にまたがりながらそう叫ぶと、星永は戸惑ったような表情をしながらも同じようにまたがって、俺の腰の辺りに抱き着いてきた。

 こんな状況ながらも学園の女神に抱き着かれていることに興奮していると、後ろから先程の不良たちが何か叫びながら追ってきていることに気付き、慌てて漕ぎ出す。

 そのまま必死に漕いでいると、だんだんと彼らの声が遠ざかっていくのが分かった。

 それが理解できているにもかかわらずがむしゃらになって漕いでいると、俺を抱きしめた手がポンポンとお腹を叩く。


「もう大丈夫なので止まってください」


 その声に俺は現実に引き戻され、自転車を止める。

 星永が腰から手を外して自転車から降りたので、それに合わせて俺も降りる。 


「……さ、さっきは助けてくれてありがとうございます」


 自転車から降りた星永はそう言って感謝してきたが、何故だか足や握ったこぶしが震えている。……もしかして、この状況でもまだ完璧であろうとするために強がっているのだろうか。そんな我慢しなくていいのに。

 

「……無理して強がってなくてもいいぞ。ここには俺しかいないし」

「べ、別に強がってなどいません!」

「いや、足震えてるし。あんなの怖がって普通なんだから我慢なんてする必要ないぞ」

「ふ、ふつう……」


 星永はそう言うと俯いた。……何かまずいことを言ってしまっただろうか?

 だが、そんな心配は杞憂だった。


「た…………」

「た?」

「だげいぐーん!ごわがっだよぉー!へんなひどだじにがごまれて、なぐられぞうになっで!あ゛りがどぉー!ごわがっだよぉー!」

「うわっ!」


 星永が俺に飛びついてきた。その勢いでしりもちをつき、支えのなくなった自転車が倒れたが、それを直す余裕なんてない。

 普段の優等生な星永とは違う、素の星永といったところだろうか。その素の星永は俺の胸の辺りで思いっきり泣いていて、やはり我慢していたのだと気付く。

 そして俺に泣きついてくる星永を見ると、何故だか頭を撫でてあげたくなる。普段ならそんなことをすればセクハラだとか言われて怒られるだろうが、こんな状況だ。ちょっとくらいならいいだろう。

 人の頭を撫でる経験などないに等しいが、それでも極力優しい手つきで撫でると、抱き着いてくる力が強くなった。……どうしたらいいのかわからなくなってきた。


 星永が泣き止むまで、五分かかりました。



☆あとがき


面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!

感想を頂けるとなお嬉しいです。


※僕が同時並行で連載している「定期を拾ったら後輩との同棲生活が始まりました」も読んでくれたら幸いです。

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