第1話 幼馴染との朝
長かった夏休みは終わりを迎え、今日から二学期が始まる。
一か月半ぶりの制服に身を包み、学校へ行くことへの気怠さを感じながらも荷物を持って家を出る。
「行ってきます」
それに対する返事はなかった。
両親は二人とも既に仕事場へと向かっているので、家にはいない。同じ高校に行くはずの一個下の妹の紗希も、何か用があると言って俺より先に出て行った。
そういうわけで、一人寂しく家を出たのだが―――
「おはようっ、秀悟!」
家の前には一人の少女がいた。
茶髪をポニーテールにして一つにまとめ、クリクリした目はどこか小動物を想起させる彼女は、俺の隣の家に住む、幼馴染の松崎沙也加だ。どうやら俺が来るのを待ってくれていたらしい。
これは中学のころからずっと毎朝続いている。なんでも、こうやって俺のことを待つのが習慣になっているそうだ。
「おう、おはよう」
片手をあげてあいさつに答えると、彼女は満面の笑みになって俺の腕をつかんできた。
「行こっ!」
そうしてそのまま俺の腕を引っ張って、ずんずんと前に進んでいく。沙也加は運動が得意らしく、彼女の所属するテニス部ではエースを務めている。そのため帰宅部の俺よりも力が強いのだ。……男として情けないとか言わないでね。
「ちょ、沙也加。俺自分で歩けるから。そんなに引っ張られるとすごく歩きづらいんだけど」
「あっごめん。久しぶりに秀悟と学校に行けるって考えると嬉しくてつい……」
「いや、別に責めてるわけじゃないから。ただ、もう少し力加減を考えてほしいっていうか……」
「うん、じゃあ今度から気を付けます!」
俺の要望に沙也加はビシッと敬礼をして、すぐに表情を笑みの形に変えた。
……朝っぱらから元気だな。
そして俺は沙也加に再び引っ張られながら(ただし、先程までより幾分か弱めた力で)、学校へと歩いた。
「おい、また松崎さん武井のやつを連れてるぞ」
「新学期早々、羨ましい……」
「リア充め……この恨みはいつか必ず!」
「おい、お前達。今度武井のやつを校舎裏呼ぶぞ」
学校の近くまで行くと、ちらほらと同じ学校の生徒を見かけるようになった。
そして、俺の隣にいる少女は学校でも「可愛い」と評判の、いわば「学園のアイドル」のような存在だ。こうやって一緒に登校していると先程のように怨嗟のこもった視線を浴びることも多い。ちなみに校舎裏への招待券の枚数は今のところ三十枚近くある。……何かに交換できないかな、あれ。
そんなこんなで学校までたどり着いた俺達は、自分の教室に向かう。
幸いなことに今年は沙也加と同じクラスなので、退屈するといったことはない。それに、一応友達と言えるような存在もいるので寂しい思いはしないだろう。流石にぼっちってのはつらいから、本当にそういう存在がいて助かったな。
「お、秀悟。ひさ~。松崎さんもひさ~」
「ひさ~、稲辺くん」
「ひさ~、慶也。……お前禿げたな」
「髪を切ったって言え!」
そう、こいつがその友達のような存在、稲辺慶也だ。
爽やか系のイケメン……かどうかは知らないが、取り敢えず彼はクラスで有数の陽キャ。沙也加を狙って玉砕し、それからというもの何故か俺によく絡んでくる。
本人曰く、「秀悟と一緒にいれば、松崎さんとも一緒にいれる」という下心丸出しの理由だそうだ。それを聞いたときはマジで殴りかけた。
それでもしっかりと理由を教えてくるあたり、悪いやつではないのだろう。実際一緒にいてそれは確信している。
「それで、沙也加ちゃん。この髪形どう?似合ってる?」
こいつは沙也加の名前の呼び方を、ふざけている時は「沙也加ちゃん」と呼び、特に何もなく普通の時は「松崎さん」と呼ぶ。俺達はそれが分かっているので問題はないが、知らない人が見ればキモい人なんだろうな。
「うーん、稲辺くんは禿げかモヒカンが似合うと思うよ?」
「オッケー。秀悟、お前バリカン持ってるか?」
「カッターナイフならあるぞ」
「あぶなっ!」
そんなくだらない会話をしていると、始業の鐘が鳴った。
今日は授業がなく、始業式をして終了という半日もかからないと思われる日程だ。家に帰ってもまだ午前中だろうな。
そしてその後は始業式に出席して解散となり、新学期初日の学校は終わった。
特に何もない、平凡な日常。
(やっぱり平凡が一番だな……)
俺はそんなことを思いながら、沙也加と家まで帰ったのだった。
☆あとがき
面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!
感想を頂けるとなお嬉しいです。
※僕が同時並行で連載している「定期を拾ったら後輩との同棲生活が始まりました」も読んでくれたら幸いです。
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