背徳の紅after:毒女の遺産(後編)


「─────行くぞ。」



イグニスは前に踏み出した。

否定する為に。

そう、これがたとえ最悪の毒女により創られた存在だとしても。

彼女が災厄であるということを、否定する。


身体強化で踏み出した地面は沈む。

大剣を振りかぶり、いつものように駆ける。


対し、コメットは機械のようにイグニスの動きを視る


足の動き

速さ

手の動き

踏み出すテンポ


それら一切を読み取っていく。


体制を低くして、軽い音を立てて、風を切るような音を立てて走り出す。

両手に握られているのは、魔力によって放たれる銀と黒、二つの拳銃。


前回の戦いにて得た経験、それは機械の如く正確な判断。


で、あれば────

常識外を選び、かつ迷わないこと。


「しっ・・・!」


大剣は振るわれる、いつものような鏖殺の技を打つ。

誰だってわかる。

そんなもの、身体が小さければ潜り込んでしまえばいい。

だから、このコメットだってそうする。



(─────来たか。)



スライディングをして、股の間を滑りこもうとするコメット。

対し、イグニスはフワリと飛び上がる。

グラビティメモリによる効果である、自身の重力操作。



コメットは足首を狙っていたようだったようだったが、そのプランは瞬時に変更。

イグニスの行動に直ぐに対応してみせる。

滑りをとめてすぐ立ち上がり、指で自分の腰にある何かを引っ掛ける。


剣を振り下ろそうとするのが見える。

コメットは、腰に引っ掛けたガラスの瓶を床に叩きつける。

吹き上がる毒の煙。

イグニスの着地に向けて、カウンターのように。


「ちぃ・・・!」


直ぐにイグニスはメモリの効果を利用して再び浮遊。

コメットの背後に着地する。

同時に、イグニスは大剣を地面に突き刺す。

発生したのは火柱。

壁になるようにそれは起きた。


足止めが目的の火柱。


だがその手は─────


「なに・・・!」


殺戮機械キリングマシーンには通用しない。

構うことなく、そこへ踏み出してくる。

恐らくは、どれだけ焼けようが突っ切ってくる。


最終目標であるイグニスの殺害さえ叶えば、それ以外に重要視するモノなどない。







「────ふざけるなよ。」



歯を噛み締め、思い切り大剣を引き抜いて前に向けて振り上げる。

先程起こした火柱を無理やり散らす。


道を、自分から作ってしまう。

だが、それでいい。

そんな風に傷つけることなど、イグニスには出来ない。

それで止まめられたところで、笑える未来などないのだから。



コメットはそのままダガーナイフを逆手に持ち、イグニスの鳩尾に剣先を伸ばす。


その目はいつもの彼女ではなかった


いつも嬉しそうにイグニスに向けた目が嘘のように


イグニスを見る眼ではない。

殺す対象物を見る眼だった。



ひたすら哀しくて、心苦しいとさえ言える。

幸せになった筈なのに、まだ蝕む毒がこんな悲劇を引きおこす。




「─────。」



イグニスは、やはり。

それを気にも留めないだろう。

黙れ、憐れみなど要らない。

諦めていないし、死ぬつもりもない。

焦がれる程の決意が、コメットを見下ろしている。


突き刺しにくるナイフ

それを持つ手、そこに繋がる腕を左手で払う。

同時に、足に身体強化と重力操作。

それを地面に思い切り踏みつけて、無理矢理の震脚。

それは大地を揺らす。


コメットは腕を弾かれ、その揺れに気づき一度イグニスの体を蹴り退く。

白衣の中に手をつっこみ、また走り出す


何かを、取り出す。

何かを咥えて、外れる音


大量に投げた、周りなど知らぬというように

丸くて、ゴツゴツした、アレ。

そう、その形はまさに手榴弾。


「ちっ・・・!」

《ブレイズ!ドライブイグニッション!》


紫のメモリから、紅のメモリへ。

大剣が紅蓮に燃えて、手榴弾を薙ぎ払う。



「ヒット、トラップ成立。」



だが、それは罠だった。

炎上し、弾けた手榴弾。

しかし中にはまた別のモノがあった。


それは数百本にも及ぶ針。

確実に人々に危害を与える為の装置。


此処にはアルもいる。

全力で足掻く、当たり前だ。

失策だったのなら、そのぶん取り戻せ。



《ブレイズ!アルティメットドライブ!》



紅蓮が更に、紅く燃え盛る。

上に向けて、全ての針を見据える。


「ォオオオオオ!!!」


全力で大剣を振り切る。

あわせて焔が上空を駆けてゆく。

地獄を踏破すべく放たれた焔は確かに、針の全てを焼き尽くした。


しかし、その代償は大きい。


「はっ、くそ・・・!」


アルティメットドライブによって、魔力を大量に消費する。

直ぐにグラビティメモリに差し替えるが、次が動けない。

一瞬、ふらついてしまう。


それを、殺戮機械キリングマシーンが見逃すはずがなかった。








草原で、乾いた音が響いた。

イグニスの懐に、コメットが入り込んでいた。

銃口はイグニスの腹部に。


乾いた音の正体など、もはや語るに及ばない。

魔力の銃弾は、イグニスの腹部を貫いた。




「か、は─────。」



痛みが重く突き抜ける。

肉が抉れて、血が流れて、喪失する。

致命傷を狙われなかったのは奇跡だろうが、これは余りにも大きすぎるダメージだった。







何度だって言う──────ああ、だからそれが?






ふざけるな、まだ生きている。

動く身体があるのに、諦める理由などあるはずが無い。

だってそうだろう、ここでもし倒れてしまったら。



誰が、彼女を縛る毒から解き放てると言う─────!

だから失せろよ、殺意おまえが居たら。


彼女コメットはいつまで経っても笑えない─────!



「う、ぉ、お、お・・・!」


崩れ落ちようとする身体に喝を入れた。

四肢に、腹に、力を込めて決して崩れない。


容赦なく追撃しようとする、殺戮機械キリングマシーン

銃口を向けてくるのを見たイグニスは、歯を食いしばって対を逸らして回避。


更なる追撃が来る。

まだ動けるなら弱らせるべきだろう、と結論が彼女を動かす。


回し蹴りをコメットは放つ。

イグニスはグラビティメモリの効果で自身の重力を重くしつつ、その回し蹴りを防御する。

腕の骨が軋み、ヒビでも入っただろうか。

嫌な感じを受けたが、だがそれでも膝をつかない。



誤算、加虐必要。

殺戮機械キリングマシーンはそう判断した。


小さいガラス玉を取り出し握り潰し割る。

液体と何かが溶ける音、そして煙。

そしてその手でイグニスの首につかみかかる。

イグニスの首に焼けるような痛みが走る。


「それ、は・・・!」


硫黄・酸素・水素が化合した、無色無臭の液。金属を溶かし、皮膚をも溶かす。


─────薬品、硫酸。



「─────ッ!」


馬鹿野郎。

本当に馬鹿野郎だ。

自分の手を焼くソレを許せるはずがない。


ああ、だからだろうな。


「目ぇ覚めた、覚悟は出来てるんだろうな。」


酷く体が軽くなった。

普通に考えて有り得ない。

誤算もいい所だろう。

体力も魔力も削って、まさに生命力を削っていく最中だと言うのに。

まさか、余計に抵抗してくるなど。


イグニスがコメットの襟首を掴んで持ち上げる。

痛いはずだ、痛いはずだ。

殺戮機械キリングマシーン想定外エラーは決定的に大きくなった。

そして、一瞬。

果たして、本当に痛いのはどちらだ?

そんなが、コメットの頭に過ぎっていった。


イグニスは腕を掴み、首から手を退けて思い切り背を逸らす。

何をするか?決まっている────。


「いい加減、目ぇ覚ませッ!!」


───思い切り、頭突きすることだ。

不屈の男の頭突きは、更なる想定外エラーの発生を招いた。


「───ッあ!?」


誤算

だが、考えようにも頭が回らない。

対象、危険、退避


「っ!!」


また銃を構えようとホルダーに手を伸ばす。

危険だと分かって、打開する為の手段を取ろうとする。

だがもう、遅い。


「まだやるかよ、なら────。」


銃を握らせないように。

もう、戦う必要などないのだと。

思い切り、抱きしめる。


「っ・・・、・・・!!」


今度は殺戮機械キリングマシーンが足掻く)


薬品、不可

武器、不可

自滅型攻撃手法、不可能


戦闘続行不可

任務続行不可


自滅せよ

自滅せよ


自滅?

いいや、その必要は─────ない。



「─────。」


イグニスの行動が、トドメの想定外エラーを発生させた。

行ったのは、キス。

距離は零。


それをもって、完全にコメットの動きは止まった。

力が抜けて、目を閉じる。


ああ、負けた。

負けたけれど、救われた気持ちが浮き上がって殺意が消えてゆく。


「はっ─────。」


さあどうだ。

歪みを起こした元凶ハジマリよ。


「────の、勝ちだ。」


抱きしめたまま、ようやく膝をついた。

その顔は、笑っている。


コメットもまた、涙を流し、笑みを浮かべながら意識を失った。

どこまでも救われて、幸せそうに。


イグニスは勝利を誇りながら、後ろに倒れた。

意識が暗くなり、気を失ってゆく。

だが気分は、どこまでも晴れていた。








────────翌日、医務室。


二人はこってり怒られた。

当然だ、終わってみればあまりにやり過ぎな痴話喧嘩だ。


それでも、彼らに後悔は無かった。

必要だったと、確信している。

お互いがお互いの生を、ちゃんと望むようになったのだから。


また、コメットはイグニスに語る。


「これでお前はますます死んでもらっちゃ困る奴になったなぁ。

覚悟は───」


語るに及ばない。

不屈の男は、ソレに対する回答を決めてある。


「────上等だ。」


あらゆる希望も、あらゆる絶望も、刹那すべてが彼の糧なれば。

手放すなど有り得ない。


コメットは涙を脱ぐって笑うのだ。

心底、思ったことを口にする。





「────お前で、本当によかった。」

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叙唱メモリアル:背徳の紅、無慙軌跡 @axlglint_josyou

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