背徳の紅after

背徳の紅after:毒女の遺産(前編)

「ちぃ・・・!」

「うん、まだ遅い。」



見る人によっては信じられない光景がそこにあった。

コメットを知る人物ならば知っている。

コメット・ホウプスは治癒術師である。

更に体格は言ってしまえば子供のソレ。

種族も真相を知っている者を除けば人間と認知しているはずだった。


なのに、なぜ。

背徳の紅イグニスがなぜ、コメットとの組み手で良いようにあしらわれているのか。




事は数十分前。


「イグニス。俺、弟子がいるんだよ。」

「上機嫌だな・・・誰だ?」


中庭にて、コメットからのカミングアウト。

やけに上機嫌なのがわかる。


「エル・・・レンディエールってやつなんだ!」

「愛称か。そいつは確か・・・レイゴルトの部下か。」


レンディエール。

群に加入したレイゴルトの世話、或いは補佐を任された人間。

ふふん、と。コメットは鼻を鳴らす。

余程嬉しかったのだろう。

ちなみに何を教えているかといえば・・・。


「武術や体術・・・つまり、戦い方だよ」


忘れがちな事実。

というよりは、結構な例外な事象なのだが。


「そういえば、戦えたんだったな。

手合わせしたことなかったから忘れていたな。」

「あーそっか。無かったっけ。」


自分の身を削って人を治す。

それにとどまらず、戦う術もあるという事実にはやはり信じ難いものがある。


「んー・・・・・・やる?」


コメットの、この一言がまさかあんな出来事に繋がるとは思わなかった。







時は冒頭に戻る。

群の転送地点から近い草原で、イグニスとコメットは

組み手をしていた。

組み手と言うからには武器はなし。


「く・・・!」

「はやいじゃん。」


身体強化を駆使し、攻めるイグニスを軽々と受け流す。

速度にも、力にも、余裕で受け流す。

信じ難い光景は未だ続いている。


「野郎・・・!」


後ろに回られたと察知したイグニスは裏拳を打つ。

命中、食らって後ろに飛ぶコメット。

当たればそうなるのは自明の理。

だが、手応えがまるでない。


イグニスは追撃のために手を伸ばす。



「─────そのくらいなのね、おっけ。」



─────悪寒を感じた。

伸ばした手を、コメット先に食らった裏拳が何ともなかったかのように掴む。

掴んだ手は心許ないほど小さいのに、その握る強さはあまりに強い。


「ち、ぃ・・・!」


振り落とせる気がしない。

ならば投げて叩きつけるしかない。

そう判断したイグニスは掴ませたまま、弧を描くように腕を振る。



「大きな動きだ、隙だらけだぞ。」



だが、そんな苦しまぎれをコメットは見逃さない。

体格差をいい事に敢えて振り回されたコメットは地面に足をついたタイミングで腕を両手で掴んだ。


「ッ─────!?」


叩きつけるつもりで振ったはずのソレは、コメットに完全に封殺された。


コメットは足を払い、強くしゃがんで下に引っ張る。

そのまま行われたのは背負い投げ。

容赦なく、投げ飛ばしたあと叩きつける。

更に頭の方にまわり、顎の下と頭を掴む。


「がっ、く・・・!」


イグニスは固められ、いつでも首を折られてしまうような状態になる。

そして、コメットの様子が可笑しい。


「─────。」


あまりにも、冷たい視線。

殺戮機械キリングマシーンのような、殺意。

それ自体はイグニスは未経験では無いのだが、発している対象とはあまりにも不釣り合いだった。



「・・・降参だ。」


とにかく、今は止めるべきだろう。

イグニスは手を上げる。

傷つけまいと躊躇していた上で、恐らく本気でやっても結果は変わらなかっただろうと、ただの事実としてイグニスは受け止める。


日常的に命のやり取りをしたこともあるイグニスだからこそ、そう結論をつけられる。



「・・・っ、ごめ、あ、ぁ・・・つい、おまえつよいから。」



────だが、彼女はそうはいかない。


苦笑しつつ、手を離し、後ずさる。

いま、自分は何をしようとした?


あの体勢は、あの状況は─────。





殺そうと、した・・・?




「っ──────!!!!」


顔を真っ青にし、コメットは走り去っていく。


「おい、コメット!」


立ち上がるのが遅れ、コメットを見失う。

耐えきれなかった。

まさか、まさか。

自分の手で、毒女キャリー遺産のろいのせいで。

イグニスを









「クソ、何処行きやがった・・・!」


コメットを見失って数分後。

イグニスは群の廊下を探し回っていた。


「む、背徳の紅か。」

「イグニス様、ですね。どうかなさいましたか?」


そんな慌ただしい光景を目にしたレイゴルトとエルはイグニスを呼び止める。


「・・・丁度いい、コメットは居なかったか?」


少し息を整え、イグニスは二人に質問をした。


「いいや、俺は見ていない。」

「申し訳ございません、私も見ておりません。」


それを聞いたイグニスが、また探し続けようと走り出そうとした時だった。


「ですが、魔力感知の魔術を使えば居場所が分かると思います。」

「・・・頼む。」


杖を取り出しながら言うエルに、イグニスは頭をさげる。

居場所が分かるのならば、と。

イグニスが頭を下げて頼むには十分過ぎる理由だった。



探知サーチ─────発見ロック。」



感知は数分もかからなかった。

いる場所はわかった。

だが、別の問題が浮上したのか、エルは表情を変えた。



「────!魔力、いや・・・精神の乱れが異常です!」

「クソっ、そこまでか・・・!」


エルは案内します、と言い、イグニスがついて行く。

言葉はいらない。

とにかく、急いで彼女のもとに行く必要がある。


いた場所は倉庫。

イグニスはすぐに扉を開いた。







「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だでも、あいつを馬鹿にしているわけじゃ違うそうじゃない違う違う違うただおれは殺したくなくて、許して許して許して──────。」



その光景は、余りにも心苦しかった。

コメットは倉庫の隅で身を隠すようにして、自分の首を引っ掻くように握って締めて、青くなっていた。



「コメット! 」


イグニスは直ぐに駆け寄り、手首を握り、首を締めようとする手を解かせて抱きしめる。


だが、止まらない。

違う、こちらを認識しない。

首は赤く腫れて、血が流れてこようとしている。

ほんの少し遅ければ、もっと危ない結果になっていたかもしれない。

だが、今はそれはそれとして。

現実に彼女の意識が無いのは我慢ならない。


「こっちを見ろ、大馬鹿野郎がッ!」


イグニスはコメット顔を固定し、頭突きを行った。

こっちを見た。

だが見ては揺らぎ、怯えるように震えている。


「俺は此処に居るだろうが!見ろ!」


腹が立つ。

お前はまだ、あれだけ証明しても足りないのか。

信じているのだろう、だったら応えろよ。


イグニスは必死に呼びかける。


「─────ぁ。」


ようやく、本当にイグニスとコメットの視線は重なった。


イグニスは、生きている。

ここにいる。

死んでいない。

殺していない。


よかった、と。



「・・・ふ、ぇ。」



安心したコメットは、目から涙を溢れさせてイグニスにしがみついた。


「霧は、ようやく晴れたか。」

「うぁあ、あっ、う、ふえっ、ぐ、ぅ・・・!」


抱き寄せるイグニス。

コメットは大泣きして、イグニスが生きていることに安堵して、離れようとしない。


誰も死ななかったし、めでたしめでたし。


────などと、そう問屋が下ろす話ではなかった。









コメット・ホウプスは、

人間の血は確かに引いてはいるが、魔族の間から産まれたものだから、元来は魔族としての登録が自然だった。


それを王の化身のひとつ、黒星がコメット・ホウプスは例外とし、枷をつけず人間としてこの世に存在させるようになった。




が、この件が単体として大問題であるにしても、今回の事件に関してはさほど重要ではない。

殺戮機械キリングマシーンとしてのコメットは、確かに魔族の性能スペックに依存しているが、コメットが魔族であることの直接的な問題には繋がらない。



これは、ある毒女の遺産だった。

コメットを唆し、自己犠牲の化身に変えた女の遺産。

キャリーの死後においても、その爪痕は残っていた。


それが、殺戮機械キリングマシーンとしてのコメット。

治癒術師でありながら、圧倒的な戦闘能力を持ち、かつ自身の命を厭わない災厄。


それは戦闘時に、衝動的に発生する。

感情の衝動、戦闘時の衝動。

それらを抑えるための道具は何だったか。


言うまでもなく、それはコメット自身がつけた"首輪"だった。

あの注射の針と液体は、まさに衝動を抑える最終防衛ライン。


それを必要とさせない為にどうするか。

それが、彼らの課題となったのだ。

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