無慙軌跡"第七話 絶望"

「どなたでしょうか、ごめんなさい。覚えていないんです、私。」


どうして、何も届かないのだろうか。

どれだけ決意を固めても、どれだけ決死の一撃を与えようとしても。

何も届かない。


いくら私は主人公じゃないからといって。

いくら私は部外者にしかなれないからといって。

こんなの、あんまりじゃないか。


「でも、私にとっては出逢った人は殺さなきゃいけないんです。」


目の前にいるのは殺人姫ディメントクイーン

あの日、ナオタカに結果的に守られた場所から、そう遠くない地下の廃墟でやつを見つけた。

あいつに手を煩わせずに倒したかった。

なのに、やっぱり勝てない。


「それをしないように、ずっと眠っていたのに・・・あなたが悪いんですよ。」

「あぐ、っ・・・・・!?」


精製された刃が、私の翼にくい込み─────


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ、ああああああああああっっっっ!?!?」


片翼を引きちぎられた。

叫び哭く、情けなく。

容赦はない。それが悪い行いだとまるで感じてない殺人姫。

それはもう、まさに悪鬼の生き様というものなのだろう。


痛い。

どうしようもなく、痛い。


もうだめだ、ころされる。












「死ね。」











世界は、崩壊した。


殺人姫の独壇場。

蘇った殺戮の舞台。

そうなるはずだったこの場所は。

たった一言で崩れ去った。


怨念と殺意はかつてより増し。

そしてこの瞬間もまた強くなり。


その一言は、この舞台にいた二人の視線が

弾かれたように声の主に向くのは必然だった。





「─────ああ、ああ・・・目覚めてよかった。」





声の主に恋焦がれていた殺人姫は、かつてないほど歓喜していた。

もはや傷だらけの翼人に視線はない、関心もない。


「貴方と出逢う為に、私は目覚めました─────!」


手を広げ、夢のような気分で。

彼女は剣士に好意を表す。


だが、その幼い彼女に向けるべき剣士の感情は


「・・・。」


殺意しかない。


剣の刃は、宇宙的な神秘の輝きを放っていた。

あの悪夢から覚めた時

あの大剣の刃には月光の欠片が宿っていた。


何があったか、もはやどうでもよかった。

あの時、仕留められなかった悪を今度こそ─────。



「もう、もういいだろ!!」



剣士の目の前に、傷だらけのフレイが遮る。



「寝ていてくれたら良かったんだ!

私はもう、君が傷ついても立ち上がるのを見たくない!」


フレイ=シュラークは、ナオタカに背を付けて殺人姫を見る。

もう、もうたくさんだ。

誰かが弱いせいで、こいつが戦うことになる。

死ぬほど傷ついても絶対に死なない。

泣くことも、弱音を吐くことも無い。

だから大丈夫?そんな訳がない。

だからといって、放ってはおけない。



「君はもう、戦わなくていいんだ。」



今度こそ、今度こそ彼が休めるように






「え────────────」







フレイの背中に何か入り込み。

入り込んだ場所から、赤い液体が流れた。






「分かっていないのは貴様だ。」






無常にも、突き放すように彼は言った。

何処からか持ち出したナイフで、フレイの背中を刺した。






「思い出した。おまえは俺を馬鹿にしていたんだったな。」






彼は、今までフレイを知らなかった。






「今更なんだ。何のつもりだ。

星の数ほどいる邪悪を滅ぼす邪魔を、何故。」






心底、煩わしいと言いたげに。

その場で膝から崩れ落ちる彼女に。

どこまでも冷たい視線を向けた。






「あんな奴らを、一秒だって生かせてやるものか。

なのに、"もう戦わなくていい"だと?

俺が寝ている間で、そんな甘い言葉で、討たねばならない屑が、どれだけ跳梁跋扈していたと思っている。」







フレイの表情は絶望に変わる。

何も届かなかった。

何処にも、誰にも。






「俺を思うなら止めてくれるな。

俺に枷をつけようとするならば、敵よりタチが悪い。邪魔だ。」






何一つ、彼を変えることは出来なかった。






「いるのは敵と、敵の敵だ。」






この場で最後に聞こえた言葉を最後に。

フレイ=シュラークの意識は途絶えた。














「・・・終わりましたか?」


「・・・。」


「では、踊りましょう?」




殺人姫にとっては茶番だった。

一瞬違和感を感じ、首を傾げたこともあったが。

やはり運命の彼は、私に変わらぬ殺意を見せてくれた。

こうなると、心底信じていた。


お預けされる要素はもう、どこにも無い。




「何を笑っている、屑が。」




歓喜に打ち震えている間に、剣士は殺人姫の頭を掴んだ。


「──────!」


驚いた。

数年前の戦いでは、反応出来たのに。

今のは全く反応できなかった。


そのまま剣士は、殺人姫を遠くの壁まで投げ飛ばす。


「あは─────」


壁にめり込む殺人姫はやはり笑み。

傷一つなく、立ち上がる。


剣士はそんなもので傷を与えられるなどと微塵も思わない。

身体強化を使って、間合いを詰める。


「死ね。」


大剣で斬り掛かる。

あの時のように、精製した刃で迎え撃つが─────


「っ・・・・!」


瞬で、砕け散った。

もはやそんなモノは障壁にすらなり得ない。


「逞しくなりました、本当に・・・。

私、嬉しい・・・!」


"私のために強くなった"

殺人姫はそんな幻想を抱いて迎え撃つ。


殺人姫は身の丈を優に超えた大鎌を精製する。


「邪魔だ。」


大剣と大鎌はぶつかり合う。

何合も人智を超えたような攻防で、大鎌はヒビが入る。


「死ね。」


大剣は大鎌を破壊し、殺人姫を袈裟斬りする。


「あは・・・!」


殺人姫は袈裟斬りをくらい、鮮血を吹き出しつつも一切の衰えはなく、大鎌を錬成する。

なるほど、斬っても健在なのは変わらないらしい。


─────で、それが?


「死ねよ。疾く死ね。」


斬られたら死ねよ。

いつかは死ねよ。

それが叶わないなら死ぬまで殺す。


ナオタカもまた、一切の手を抜くことなく大鎌を砕きながら切り裂く。


一方的な立ち会いに見えるソレは、消耗戦だった。

ナオタカの体力が尽きるか。

殺人姫が持つ生命力が尽きるか。


「あはっはははっ!!」


殺す度に殺人姫は笑う。

恋焦がれた殿方に抱かれたように。

これ以上なく幸福を抱きながら命を削る。


「耳障りだ、死ね。」


バカ笑いもいい加減耳障りだ。

大剣を振り上げ、身体強化をかけ直す


「身体強化・絶、絶、絶──────消し飛べ。」


禁忌にも近い、身体強化の重ねがけ。

振り下ろす。

一振りにてその場が爆発したかのような現象が起きる。


血肉が散る。

殺人姫の身体は縦に裂かれ、半分は潰されたように臓物も骨も肉も、地に飛び散る。


殺人姫は笑う。

まだ死んでいない。

肉体の再生が始まっている。


剣士は油断もない。

まだ死んでないなら死ぬまでやる。


殺人姫は裂かれた部分から武器を創り、ナオタカに向ける。

一斉に襲いかかるソレを──────


「あ───────」


全身を使い、真正面から踏破した。

同時に、殺人姫が何年も溜め込んだ生命力が底をつく。


楽しかった。

恋しかった。

願わくば、もう一度"殺して/抱いて"ほしい。


その願いはあまりに幻想で、二回目の身体強化重ねがけの一撃によって、殺人姫の命ごと消し飛んだ。




───────────




「・・・次だ。」



フレアは奇跡的に意識を取り戻す。

ちょうど殺人姫が息絶えた、その時に。

しかしなにも喋れない。

意識が戻ったといっても、眼に何か映すが精一杯だった。


ようやく強敵を倒した。

そんな感慨はナオタカにはなく、またフレアに対する関心もない。


また彼は何処かに行くのだろう。

いつものように、悪を殺しに。


ナオタカは大剣・・・月光の欠片で出来た刃を見て、背中に収める。


もう数秒で、フレアの意識が途絶えるその時。

ナオタカが、フレアを視界に入れた。


たったそれだけで、フレアの心に安堵の色が染み込み、また意識は途絶えた。





フレアがナオタカを追う機会は、これ以降は訪れなかった。

そして同時に、ナオタカによる殺戮の記録は、年々衰えていく事になる。

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