無慚軌跡"第六話 月光の導き"

「そこに居る剣士・・・さて、どうする。」


アレはなんだ。

直感が告げる。

アレは己だ。


「そうか、君はそうなのか。」


何を1人で納得している。

貴様ごときが、俺を見るな。


「君は貫く人だ。

君は決めたことに迷わない人だ。

そして、傍には誰もいない。

誰かがいる事すら、望んでいないのだろう。」


目の前の、政権の担い手は語る。

目の前にいる者を理解し

目の前にいる者を哀れみ

自身のかつてを、懐かしむ


「此処を終点とするがいい、剣士よ。」


視線は剣士へ。

きっと誰よりも血を流した彼を、労うように。

最初から地獄だった世界で生きた彼を、称えるように。

この先も折れずに戦える。


"だからこそ止めなければならない"


ルドウイークは決断する。

地獄を走った最中できっと、更なる地獄がある。

信じた全てが無駄だった、と。

誰よりも味わった狩人だからこそ。


「─────黙れ。」


しかし、否、やはり。

その声は剣士には届かない。

悪は見過ごせない、必ず殺すと決めた。

それを止めようものなら、それはやはり敵だ。


何より、気に入らない。


「貴様は分かっていない。」


理解されてたまるか。

理解されたところで何になる。


「獣が語るなよ。」


何が気に入らない?

いま、ハッキリした。


「獣に堕ちた貴様が、俺を語るなァ!!」


さぞ強かったのだろう。

先の戦いでそれはわかる。

だが────

貫いた人だった?

決めたら止まらない?


仮に、仮にそうだったとしても。

落ちぶれてしまえば、自分にとっては敵に過ぎない。

そんな落ちぶれた奴が、己の鏡のように立つのが気に入らない。


「───────そうか。」


ならば言葉は不要。

月光と呼ばれた聖剣の切っ先を、剣士に向ける。

互いに譲ることは、決してない。









「・・・私は、無意識に君を縋るようになったのかな。」


未だナオタカの傍で待つフレイは、独り言を呟く。

ぽつりと、何も出来なくて振り返る。

その度に、自分の弱さが嫌になる。


「私は君の戦う姿を見る度に、強く思うようになったんだ。

君は負けない、君は死なない、君は勝つ。

予感じゃなくて、確信していたんだと思う。」


異常者も困難に傷つき倒れ、だが立ち上がり挑む。

それを貫く様は、見る誰かの目を奪う。

"カッコよく見えてしまう"


自分はそうはなるまい、と。

そう思っていたのに結局は、自分もその現象に嵌っていた。

つくづく思う、私は主役にはなれないんだって。


物語とは、世界のある視点から、その中心を見る。

その中心から外れているのが、モブだ。

モブがいくら頑張っても、その物語には映らない。

それが、きっと私だ。


ナオタカという物語じんせいは、ナオタカと悪しかいない。

ナオタカによる無慚無愧、ただ"それだけ"で構成したもの。


だからもう、諦めがつく。


諦めた、はずなのに──────。


「やっぱり私は、君だけが戦う物語は嫌いだな。」


静かに微笑んだ。

どれだけ愚かでも、その気持ちを捨ててまで諦めたくはない。


立ち上がり、杖を握った。

扉に触れ、一度振り返る。


「行ってくる。」


その宿に、フレイという人間はもう─────戻ることは無かった。









その戦いは、生涯で最も激しかった。


「死ねェエエ工ッ!!」

「ぬぉおおお!!」


互いに叫び、剣戟を交わす。

痛みで、苦痛で、殺意で、咆哮で。

入り交じり身体の奥底から全てを吐き出しす。


ナオタカが殺意のままに斬りかかれば、ルドウイークはそれを受け流し。

ルドウイークが光の刃を飛ばせば、それを真っ向からナオタカは切り払い。


「シィイイッ!!」

「ぐぉ、おお!!」


互いに傷は時が経つほどに増える。

血が舞い、元々あった床の血溜まりにソレが混じる。

2人の動きは激しく、動く度に血溜まりが舞う。

浴びた血は2人に降りかかる。


ソレは、己の血か、相手の血か、或いは知らぬ者の血か。

もはや判別がつかない。

強いて分かるとしたらそれは・・・これは文字通り血で血を洗う悪夢。


「おおおおッッ!!!」


ルドウイークは突如、月光の聖剣を両手かつ逆手で握りしめ、地面に突き刺す。

大地からは、月光の波動が噴き出す。

当たれば消し飛びかねないそれを─────


「身体強化・絶、絶、絶─────散れェエエ工ッッ!!!」


またも、身体の負荷を受け入れながら絶殺の一撃で応じる。


波動と斬撃は衝突し、相殺する。


「ぐ、はっ、はっ、あ゛あああッ!!!!」


ナオタカはぐらつく。

血を吐き出し、内出血、骨のヒビ、筋肉繊維の損傷。

身体の内部から壊されていく。

だが止まらない、直ぐに立て直す。


流れる血を無視し

外傷を無視し

負荷を無視し


再び絶殺の一撃を振るう。


「「ッ──────!」」


咄嗟の防御。

"何かが砕ける音がした"


砕けた音と共に、お互いが大きく後ろへ吹き飛んだ。


「・・・・・時間、切れか。」


ルドウイークは立ち上がりながら静かに確認するように呟く。


「何が時間だ・・・俺はまだ貴様を─────!?」


ナオタカも立ち上がり、剣を構えようとした瞬間・・・異変に、気づいた。

ナオタカを支え続けた大剣が。

ルドウイークを導いてきた聖剣が。


刃が欠け、砕けていた。

同時に、更なる異変が起きる。


「な、に・・・!?」


ナオタカの身体が、光の粒子となって消え始める。


「悪夢の終わりだ・・・成程、誰かが獣狩りの夜を終わらせたのか。」


ルドウイークのみが、納得したように言う。

再びいつか巡る夜。それが一度幕を閉じる時が来た。

故に此処で無関係に争っていた二人も、無慈悲にこの幕を閉じることとなる。

ましてや、ナオタカは"血"を入れていないのだから。


「待て、貴様!まだ終わっていないだろうが!!こっちに来い!殺してやる!!」


だがナオタカは納得いかない。

悪夢など知らない。知ったことではない。

まだこの場所は、この地の悪を滅ぼしていない。


「・・・無慚無愧なる剣士よ。」


ルドウイークは目を瞑る。

再び、きっと自分の意識は深い底へ沈むだろう。

誇りを胸に戦い、獣を狩り続ければ"いつかは"と。

そう想い続けた先にあったのは、この悪夢という絶望だった。


抱いた想いは、きっとナオタカは違うものだろう。

だがそれは、どちらも"独りきり"の道だ。

この戦いでその断絶は成らなかったが、ならばせめて──────。


「どうか、全てが遅かった暁には・・・誰かにその過ちを語り継ぎ、繰り返さぬよう願い、私は託そう。」


ルドウイークは砕けた月光の欠片を手に、祈る。


全てが泡沫のように消えるものだったとしても。

せめてその所業が、間違いだと伝えたかった。


視界は徐々に、見ていたものから遠ざかる。

音も何も届かない。


感じたのは、徐々に浮き上がる感覚。

ナオタカは悪夢から浮上した。

眠り始めて3日経った時であった─────。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る