背徳の紅"第四十二話、感情"

コメットを自分の部屋で寝かせて次の日。

先に起きて朝食の用意。

それも終わり、部屋に戻ったあたりで変化が起きた。


「・・・ん 」


声がした。

コメットをふと見ると、起きかけだった。


「・・・ん、イグニス。 」


何故か名前を呼ばれた。

が、寝言らしい。


「・・・イグニスの、匂い。」


匂いを嗅ぎ始めた。

無意識なのだろうが、本人を目の前にして何をしているのか。


「・・・!!!」

「起きたか。」


何故俺の匂いがするのか、察しがついて起きたらしい。

コメットは勢いよく起き出した。

俺が見たものは黙っておこう。


「・・・なんだ夢か。」

「夢だと思うか?」

「あだだだっ、起きました起きました夢じゃないですぅう!」


また布団に入ろうとしたので、いつもの茶番。

頬を抓り、現実を思い知らせてやった。


「・・・あれ? 」


コメットが自分の姿を見て違和感を感じた。

そりゃ最初に俺が貸した服とは違い、アルの服なのだから当然だ。


「アルの服を着せておいた。

マリアの迎えまでは我慢してくれ。」

「そうか、だからちが────着せた?」

「・・・おう。」


気づいてしまったか。

答えてやると、コメットが無言で俺を指さしている。

お前が?とでも言いたそうに。

嘘はつけない。俺は頷くしか無かった。


「・・・ロリ体、見られた、全部・・・しかも、知らない奴なら、ともかく、お前に・・・。」


何も言い返せない。

顔真っ赤にしながら言うコメット。

ところで"知らない奴ならともかくお前に"とはどういう意味なのか。


「・・・と、ともかく、あの、た、助かった、はい、はい。」

「・・・おう。」


顔を抑えながら言うコメットに大した反応を返せない。

とりあえず、恥ずかしかったという認識でいいのだろうか。


「・・・とりあえず朝飯食っとけ。

あのまま寝たから夕食が食えなかっただろうからな。」

「・・・そうだっけ?いや腹は減ってないし。」


またこの寸劇か。

腹減らなくてもちゃんと食うもんだろうに。

無言で見つめるがコメットは目を逸らす。


「・・・無理やり食わすぞ。」

「何でもかんでも無理やりすな!

頼み方ってものがあるだろう。」


・・・何をこいつはベッドに座って腕を組み、足を組み、偉そうにしてドヤ顔するのか。

分かった、頼み方があれなら頼んでやろう。




「じゃあとっとと栄養補給と健康の為に朝飯食いやがってくださいませコメット様よぉ・・・!」

「いぎゃあああ!?食べます食べますイグニスどのおおお!?」


両方の頬を抓ってやった。

力づくでもちゃんと解決するようで何よりだ。

手を離してやると机を移動し、ベッドと椅子がわりとする。

対面には椅子に座る俺がいて、机には朝食がある。


・・・だが食べる前に、何やらコメットが畏まった態度になる。


「・・・ここ、お前の部屋だろ。

汚したな、すまん。」

「あ・・・?ああ、そうか。」


まるで気にしていなかった。

そのせいか、少しばかり魔抜けた反応になった。


「ま、気にするな。血で汚れる寄りは遥かに健全だ。」

「血・・・?」

「戦いに出た帰りで血がシーツや床に垂れちまったことがあってな。

掃除してシミやら匂いはなるべく消したんだが、それが面倒でな。」


そう言いながら食べ始める。

それに合わせてコメットも食べ始めるが、食べるのが遅い。


「・・・どのくらい、血が流れた。」

「わからん。結果によって様々だ。

なるべく落として帰るからな、この部屋に関して言えば、言うほどない。

今はその回数も大幅に減ったがな。」


そこまで言うと、コメットの手が止まる。

何があったのか、俺の手が止まる。


「・・・お前は、どれだけ怪我をした。

そんなに血を流し、流されるまで、どれだけ失い、傷ついた。」


それを聞いて、フォークを置く。

そういえば、それもいつかは気にしなくなったことだった。


そもそも・・・


「・・・分からん。俺は喪った事から始まったハナシだ。

それが、ようやく終わって、新しい何をしたいかを見つけた。そんだけだ。」


コメットから、何かが落ちる。

食器に落ちる、透明な雫。

泣いているのか・・・?


「・・・早く、会えていれば、俺はお前も救えたのだろうか。」


こいつは、やっぱりそう思ってしまうのか。

仕方ないな、と思いつつ一旦食事を止める。


「・・・馬鹿野郎、とっくに救われたし、俺の復讐は俺がケリをつけなきゃ終われなかった。

何よりな、俺が"生きてやる"と思えたのは─────お前のお陰なんだぞ。」

「でも、お前はそれまで血の道を歩いたのだろう?たくさん傷ついたのだろう。

今だってそうだ、もっと、お前ももう傷つかないように、だから・・・。」


俺はため息をついて、今度は隣に座ってやる。

同時に、頭にぽんと手を乗せてやる。


「・・・馬鹿野郎、だから同じなんだ。

俺だってもう、お前が傷つくのを見たくはねぇんだよ。」

「・・・すまん、取り乱したな。

・・・また、つけたほうが。いいのかもしれんな。」


コメットは苦笑しながら、自身の首に触れる。

こいつはまた、そんな事を言う。

もう、それは勘弁だ。

ようやく伸ばしたのに、離したくない。


そう思った俺はいつの間にか────


「────いぐ、にす?」


────コメットを抱き寄せていた。

目を見開き、驚く顔がよく見える。




「逃げるな。」


いや、違う。


「離さない」


そうだ、逃がさない。


「俺は、お前の感情すべてを許したんだからな。」


静かに、囁くように言う。

ちゃんと、コメットにだけ届くように。


「ダメだって、こんな


・・・ずるいじゃないか。」


コメットが止めようとした雫が、次々に溢れて止まらない。

それでいい。

俺はただ、抱きしめるだけ。


「・・・イグニス、止まらないや。

何これ、なんでだ?

なぁ、どうして、おれ、


わ、わたし・・・は・・・?」


目を擦り、止めようとしても、止まらないようで。


「それでいい。」


俺が、お前を赦す。


「お前はそれでいい。

泣け、辛かったのなら、良かったと思うのなら、思うままに感情を示せばいい。 」


それを誰にも邪魔させない。

やっとさらけ出せる、惚れた女の感情すべてだから。


「・・・よく、頑張ったな。」


ひとつ余さず受け止めよう。

────お前は、誰よりも何よりも愛おしいから。



コメットは、咳を切ったように泣き出した。

みっともなく、子供のように。

だがそれで、彼女にとっての赦しになるのなら。

俺は受け止めてやろう。










────────暫くして


「落ち着いたか?」

「・・・おう。」


ようやく泣き止んだコメットの背中を叩く。

さて、少し冷めてしまったが朝食はまだ残っている。


「飯は食えそうか?」

「たべる。」


どうやら食べるつもりらしい。

と、油断した頃だった。




"ずずっ"


・・・鼻を拭いた。

俺の服で。




「・・・何してんだお前。」

「恥ずかしいの見られたから仕返し。」

「・・・・・ったく、お前は。」

「お前、誰かに言ったらただじゃおかないからな!」

「その姿は俺だけのものだから安心しろ。」



いつもならアイアンクローでもしてやるところだが、今は許してしまう。

その涙は俺だけの特権になる。

この位は許してもバチは当たらないだろう。


とか、優越感に浸ったのが不味かった。

なんか、口の中に入れられた。




・・・辛い。




「コフッ、てめっ!?」


危ない。思い切り吹き出しそうになったが、ティッシュで止めた。



「ハバネロだクソゴリラ!!

変態!!ばか!!あほ!!ゴリラ!!クソゴリラぁあああ!!!」



気がついたら、もうコメットはそこに居らず出ていってしまった。

食器を見るとちゃんと完食している。


「・・・ちゃんとマリアに合流できるんだろうな。」


後で確認したところ、ちゃんと出来たらしい。

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