背徳の紅"第三十九話、音色"



いつもの通り、奴は何をしているのか。

廊下を歩き、研究室に向かう。


「・・・?」


扉の向こうから、何かが聞こえる。

音色、だろうか。

どうせ寄るつもりだったので、そっと扉を開けてみる。


「・・・♪」

「・・・ほう。」


扉の先には、ヴァイオリンを弾くコメットの姿があった。

趣味で弾いてるにしては良い音色。

夢中になっているのか、俺が入ってくるのに気づいていない。


ついている灯りは一つだけ。

まるで観客の居ないコンサートのようで。

そう思うと、俺だけが客になったようだ。

VIP待遇、というやつだろう。


しばらく、コメットが満足するまで俺は最後まで清聴することになった。








「・・・ふぅ。これしか弾けないけど、やっぱこの曲好きだな。

さて、そろそろ帰らないとマリアが・・・」


コメットは振り向いた。

そして、ようやく俺に気づいたらしい。

まさかいるとは思わず固まっている。


「よう、上手いな。」


掛け値なしの本音で、小さく拍手してやる。

状況が分かったようで、コメットはその場で頭を抱えてしまった。


「あーーーうん、忘れろ。これは夢だ。」

「んだよ、聞いちゃ不味かったか?」


もしそうだったら申し訳ないが・・・。


「いや、なんというか、これしか弾けないしな。

ちょいと恥ずかしい。 」


なんだ、そういうことかと心の中で安堵する。

コメットは松脂をしっかり落とし、ヴァイオリンもケースに戻す。


「楽器に心得がある時点で充分だろう。

こちとら弦楽器も管楽器もからっきしだ。」


なので楽器を扱えるという時点で充分尊敬に値する。

打楽器なら、まぁギリギリだろうか。


「お前ゴリラなんだから太鼓くらいやれるだろ。」


なんて思っているうちに、コメットがそんな事を言いやがる。

腹が立ったので、アイアンクローしてやった。


「認識を人間に戻せよ。」

「そういうことするからだろチンパンz・・・いだだだだっ」


ちょっと締め付けてやった。

暫くしてようやく離してやった。


「いたたた、いいだろ別に・・・。」


頭を擦りながらコメットは俺をじっと見る。

何かあると思ったが何も喋ろうとしない。


「・・・どうした?」

「・・・いや、帰らねーのかなって。なんもないぞ?もう。」

「ん、ああ、そういうことか。」


そりゃもう演奏は終わって楽器もしまったのだから見ればわかる。

だからといって、はいさよならとは言いたくない。


「単に会っておきたかった、或いは顔をあわせておきたかった、とも言うな。

折角だ、一緒に出るか?」


俺が理由を言って扉に触れる。

コメットは困惑したように同意して、扉に近寄る。

俺が扉を開いて先に出られるようにしてやると、軽くコメットが礼を言いながら先に出た。


しばらく、コメットが歩く方向について行く。

何故ついてくるのか理由が分からなかったのだろうか、後ろをチラチラ見る。


「・・・お前の部屋、こっちだったのか?」


迷惑そう、という感じではないようでよかった。

聞かれたからには理由は教えておかねばなるまい。


「多少歩く距離が変わっても構わん。

お前と居る時間を長くしたいだけだ。」


惚れた女となるべく居たいのは自然なことのはずだ。

とはいえ、俺も恋愛とやらは初めてなのでこうすること以外知らないだけだが。


「・・・・・あのさ、恥ずかしいんですけど、そのセリフ。」


顔を見せないようにコメットが言う。

嬉しいのか嫌なのかはよく分からないが、恥ずかしいらしい。


「そういうのは可愛い女の子に言うものだろう。」


どうやら自分は違うと言いたいらしい。

俺は少しため息まじりに言う。


「お前もそうだろ。お前が良いと言ったはずだ。」

「・・・は???」

「変なこと言ったか?」

「・・・おまえ、目が悪いのか?」

「いや、別に悪くないが?」

「・・・俺は、可愛くはないぞ。」

「そう思っているのは、お前だけかもしれんぞ。」


どうしてもコメットは自身を可愛いと感じないらしいので、何度でも俺は伝えてやることにする。

俺が意見を譲る気がないのを悟ったのか、ついに口を閉ざしたが・・・


「・・・とうっ」

「こふっ」


唐突に、コメットは溝うちに頭突きをかましてきた。

地味に痛い。


「何しやがる。」

「・・・なんとなく。」


聞いてみたが、目が泳ぐ。

理由が全く分からないが、ゴリラ呼ばわりよりはマシと考えてスルーしてやることにした。


「・・・行くぞ。」

「おう・・・。」


少し気まずくなりながら群の施設から出る。


・・・その先に一人の少女がいた。

コメットの身の回りの世話をするマリアだった。


「あっ、ますた!と・・・ゴリラさん。」


こちらに気づいたマリアは近寄ってきたが、相変わらず印象は悪いらしい。

こいつにまでゴリラ呼ばわりである。


「じゃなくて、クソゴリラ!」

「・・・マリア、おまえキャラ変えた?」


訂正して名前を言うのかと思えば、まさかの追撃である。

あまりの敵視っぷりにコメットも困惑している。


「・・・怖いもの知らずで結構だ。

後は任せていいのか?」

「はい、マスターをここからは私がお送りしますので、ゴリラさんは檻におかえりください。」


こちらが質問すると、営業スマイルで喧嘩を売られた。

もう怒る気にもならん。


「ったく。じゃ、またな。」


ため息まじりに、コメットの頭をぽん、と乗せてから踵を返す。


「っ、おう。あーーえっと!」


歩き出した俺に、後ろからコメットは少し大袈裟に声を張る。

何かと思い振り返ると、照れくさげに頬を指でかくコメット。

少し待ってやると、ようやく口を開く。


「・・・あ、ありがとな。」


少し、驚いた。

こうして惚れた女に面と向かってお礼を言われるのはうれしい限りだ。

思わず、ふっと笑いが零れ軽く手を振りつつまた踵を返す。


「おう。」


それだけ、短く返事をしてやりながら俺はその場を去っていった。

ああして他人の変化を見れるのは面白く思う。

第二の人生のような刹那いま。こういうのも悪くないな、と自然に思えるようになった。

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