背徳の紅"第三十六話、告白"


「・・・帰って来たか。」


・・・酷く、長く感じた。

だが何か、あっという間にも終わった。

あれ程殺したくて仕方がなかった鉤爪をこの手で殺して終わったのだ。


目の前には、群の施設。

恐らく拾われて治療されたのだろう、ピースの家で拾われて傷が治った状態で目が覚めた。

そのあと、自分の足でここまで帰ってきた。


「・・・まだ、やる事があるからな。」


────それも、恐らくは一生を尽くして。

ただ帰ってきた訳では無い。

自分の中での約束を果たすために。


まず、研究室に寄った。

・・・いない。


「・・・どこいった。」


少し、嫌な予感が過ぎる。

まさか俺がいない間に、また攫われたとかか?

少し早足で施設内を探す。


「・・・そこに居たか。」


心底、安堵した。

あの日からずっと、待っていた。

全てを終わらせて、ようやく自覚した事を打ち明ける時が来た。


「・・・んー。」


コメットがいたのは・・・中庭。

中庭のベンチで寝てしまっていた。


「しゃあねぇな。」


ふ、と笑ってしまいながら近寄る。

近寄っただけでは起きる気配がまるでない。


「・・・風邪引くぞ。」


なんて言って起こそうか。

考えてはみたが、そんな声掛けしか思い浮かばない。

当たり障りのない言葉を掛けながら、肩を揺する。


「う、ん・・・」

「たく・・・数日空けたらこんな所で寝やがって。」


コメットは目を擦りながら、起き上がる。

自分の声は、自覚出来るくらい憑き物が落ちたような気がする。


「・・・イグニス。

・・・姿が見えないと思ったら現れやがって。

どうせ怪我しに行ったか、ばかもの。」


相も変わらず、つんけんに罵倒する。

そんな言葉が、もはや懐かしさすら覚える。


「・・・ああ、そうだな。」


否定しはしない。

事実死にかけたわけだ。

だが、これだけは覆してみせた。


「だが、。」


復讐という地獄の先にだって、花は咲くのだと。

かつて言われた復讐の因果を覆してみせたぞ、と。

身を以て、証明した。


「清々しい顔しやがって。

・・・そっか、お前は・・・違ったらしい。

これから、どうするんだ?」

「やり残した事がある。

いや、これからも、そう在り続ける為にも。

俺はを掴んできた。」

「・・・ほう、なら頑張ることだな。

せいぜいあまり怪我しないように頑張れ。怪我するたびに、俺が嫌でも治してやる。」


立ち上がりながら、能天気に、ケラケラと笑う。

それが、いつものコメットだ。

だが、俺は真剣そのものだ。

俺はコメットの前で、真っ直ぐ見つめる。


「・・・コメット。

前にも言ったな、お前を救いたいと。

お前を、はなさないと。」

「ああ、そんなこと言ったな。

俺は元から許しちゃいない。

だから、俺に救いなどだなぁ・・・。」


コメットからはため息が出る。

同時に冷や汗も見える。

これまでは、前回の再現だ。

・・・だがもう、これまでと違う。


「・・・その理由が何か、俺には答えを出せなかった。

お前に救われて欲しい?違う、もっと伝えるべき言葉があったはずだ。


今ならわかる、俺は────」








最初、不本意ながら治癒された。

自分の命を削りながら笑うお前にイラついた。

次にまた、不本意ながら治癒された。

お前に救われた事が、痛かった。

次もまた、死にかけたところを治癒された。

俺から避けようとする事が、痛かった。

無理に無理を重ねるお前を許せなかった。

誰かに襲われたお前を知って、怒りに震えた。

そうだ、救われて欲しい、救いたい、なんて、そんな甘えた言葉なんて生ぬるい。

俺とは違うお前に、俺は焦がれた。




「やめろ!!


・・・やめろ、それ以上は言うな。」




コメットは一歩下がる。

苦しそうに、首を抑える。

ああそうか、お前ののろいはそこなのか。

なら、そんな制止の言葉は聞いてやれない。

お前が諦めても、俺は諦めない。

下がろうとするコメットの腕を掴んだ。

そうだ、誓ったはずだ────はなさない、と。







「────お前が、好きなんだ。」







伝えるべき言葉かぎを伝える。

いつからか、俺はお前をと思ったのだ。

命を削り邁進するお前を、もっと違う形で幸せにしたかった。

そして同時に、どうしようもないほど焦がれたのだ。

だから、俺はお前が好きなんだ。








「──────。」



コメットは目を見開いて硬直した。

ナニかが、ひび割れた音がする。

それは間違いなく、ずっと蝕んできた彼女ののろい

コメットは、俺を見る。

信じられない、と。そう言いたげな目に、間違いなどない、と。目を見る。


「お、俺は・・・俺を許すことはできない!

おれは、お前を、そういった目でみて・・・そんなこと、お前が可哀想だ!

俺なんかより、他をっ・・・!


やめろ、やめてくれっ!

そんな目で、おれを・・・!


をみるな!」


ようやく、彼女の殻が剥がれ落ちてゆく。

だがまだ、足りないらしい。

動揺している目と、振り払おうとする手。


「・・・おまえ、は、わたしを、・・・許せるのか。

こんな、わたしを愛せるのか!!

!他を選ばないのか!!」


言わないでくれ、違う、言って欲しい。

相反する感情が、恐らくコメットの中で荒れ狂っているのだろう。

だったら、なんどだって伝えよう。








「ああ、


─────俺はお前を、愛している。」









「──────ぁ。」


《感情制御装置、エラー》

《装置、解除します。》




首輪の接続部がひび割れて、砕け散る。

そして首輪は外れ、地に落ちた。

彼女を蝕むのろいの鍵は、"許し"と"愛"。

これまで無理をし続けた反動だったのか。

コメットの意識は同時に飛んで、崩れ落ちて膝をつく。


「・・・。」


崩れ落ちるコメットを、膝をついて支える。

コメットの首は、余程長く首輪がついていたのだろうか。

アザが出来ていた。


「ったく、まだまだこれからだな。」


ようやく鍵を外しただけ。

きっとまだ先に課題は残されているのだろう。

返事も聞いてない。

苦しめた元凶も生きている。

無理をする癖だって、どうせある。




だが、もう・・・覚悟は決めてある。

一生を添い続けると決めたのだ。

幸せにする、


「・・・行くか。」


コメットを抱き上げる。

まずは寝かせてやろう。

俺はコメットを抱え、医務室に向かうのだった。









───────


「・・・やれやれ、まずは一段階、か。」


ずっと覗き見していたアルは、イグニス達が行ったあと、壊れた首輪を拾う。


前途多難だ、きっとまだやることが残されている。

だがきっと、奴なら大丈夫だろうと信じている。


「・・・頑張れよ。」


そう言って、アルは首輪を持ってどこかへ行った。

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