背徳の紅"第三十五話、不屈"

聖堂で、咳き込み、吐き出す音が響いた。


(身体が、動かねぇ・・・。)


身体の至るところで、動くべき箇所に力が伝わらない。

理由は明白、度を越した身体強化の使用。

ナオタカから習った身体強化は元々、負荷を強いたモノ。

そこに更に、身体強化・絶の使用。

更に重ねがけをしたとなれば、この結果は必然だった。


意識も、上手く保てない。

眠気とは違う、意識の朦朧に歯噛みする。

気がつけば、この場が燃え始めた。

主を失ったアジト。

夢は既に幻想と散ったが故に、その拠点も崩れるのが運命だった。


そして同時に、背徳の紅の命運もまた────。









"────やぁ、大変なことになっているようだね。"


声が、聞こえた。

いや、声というよりは────テキストで頭に直接語りかけるかのような。

そんな感じがした。


"いよいよ大詰めだ、君が居なくては始まらない。"


馬鹿を言うな。

この惨状を、どうすればいい。


諦めるのが懸命なのだろう、と頭に過ぎる。

人を超えた真似をし過ぎた報いだ。

今までの行いが、報いとなって身に襲った。

これが因果だろうか。

あのガキの言った復讐の因果からは逆らえないのか。


"諦める?何を言うんだ。

生命は初めから諦めている。"


生命の、可能性に対する否定。

その言葉は、まだ続く。


"全能ではないのだから。我々は諦めながらでしか生きられない生物だ。

そんな事を、まさか、今更君が?"


辛辣な言葉が、意味は暖かに思った。

いったい何者だという。

どうあっても助からない現状、何を足掻けと言う。


"今はもう、名など意味は無い。

日曜日という幻想は、既に崩れ落ちたよ。"


─────日曜日サンデイ

まだ生き残りがいるのは、当然だった。

恐らく、まだ誰かいる。

生命を奪われるのは容易いだろう。

もう、こんなザマでは。


"それは諦めでは無い、結論だ。"


結論。


それは、物事の終わりを決定する決意。


"此処に一枚の絵があるとする。私は欠片だ。"


言葉を紡ぐ。


"パズルの欠片、絵に空いた穴、未だ埋められない空白。"


それは、希望に聞こえる。


"余白わたしがあるうちは、絵は完成しない。

だから私は、欠片で在り続けた。

完成してしまった絵は、それで終わりだからね。"


故に、諦めてはいるが、結論を下す訳には行かない。

そこに居る誰かは、そう語る。


"無論、一生は完成する事が目的だ。

どのような生命も、どのような文明も、いつかは終わる。

我々はその完成おわりを目指している。

今も、昔も。"







"だが、いま君が描くその絵は────



完成おわりに足る、美しい紋様アートグラフと言えるのかね?"









「─────クソが、訳がわからねぇ。」


言葉の真意は、崇高すぎてわからない。

何か引っかかる癖に、頭が回らずこんがらがる。


だが、これは、これだけは理解した。


────お前は、そのままでいいのか。


「良いわけ、ねぇ・・ッ!」


師匠から託された。

助けてくれた仲間がいる。

救うと思った馬鹿がいる。


そうだまだだ、まだ生きている。

生きているなら諦めない。


背徳の紅は、身体を無理やり起こそうとする。

動かないはずの身体で、立ち上がるその様を欠片は見た。


"ああ─────その言葉こそが、君の起源すべてた。"


諦めない。

生きているから、まだやりたいことがあるから。

何があっても、生きる覚悟────それを人は、"不屈"と呼ぶ。



善き完成おわりを。

そんな言葉を送るには、あまりにも不適切だった。


諦めず、立ち上がり、いま走り出す男に欠片は言葉を届けた。






"────善き、人生はじまりを"








─────────







崩れ落ちた施設の外で、イグニスはまたしても倒れた。

もはや意識があるのか、ないのか。

無我夢中で駆け抜けて脱出した。


もう今度こそ、意識はなく倒れている。



「イグニス!」


脚を怪我していたはずのアルは、外で倒れたイグニスの傍による。

その後ろから、土曜日サタデイ────もとい、セブンスがついてきた。


アルが自己治療している間にセブンスが現れて、アルの脚はセブンスの治癒術にて治っていた。


「・・・大丈夫、生きてる。」


セブンスがイグニスの脈を測り、生存を確認した。

その言葉に、アルは酷くほっとした。


「いや、まったく・・・彼はいつもこんな無茶をしていたんだな。」


イグニスの後ろから、サンデイが疲れた様子で歩いてきて、崩れるように座り込んだ。


「「・・・・・。」」

「・・・そんな顔をされても、私も彼の身体強化を使って疲れたんだ、許してくれ。」


アルとセブンスのジト目が、サンデイに刺さる。

ため息を付きながら言うサンデイに、そうじゃない、と二人して首を横に振る。


「つか、早くその仮面外せよ。バレなかったのかよおまえ。」

「どうやらバレなかったようだ。」


サンデイは、その場で仮面を外して捨てる。

フードを外したその顔は、間違いなくイグニスの友人であるピースだった。


「・・・よほど、無意識だったのだろう。

君ほど生きる覚悟を背負ったひとは、未だかつて見なかったよ。」

「・・・まっ、毎回ボロボロになっちゃ困るんだがな!」


二人は笑い合う。

セブンスは首を傾げ、二人の服を引っ張る。


「・・・治さなきゃ、危ない。」


セブンスの言葉に、二人は頷いた。


「さて、早く治して帰さないとね。」

「ピース、どうするんだ。

このこと、イグニスには。」

「────無論、秘密だ。」








イグニス=クリムゾンの復讐劇は、ようやく終わりを告げた。

彼が群に帰還を果たしたのは、それから2日後のことだった────。

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