背徳の紅"第三十二話、決着"


「お前は裁かれるべきなんだ!」


少年は弾劾する。

足を射抜き膝を着いた錬金術師に向けて弓矢を構える。

鉤爪からの誘いを蹴ったどころか、期待を裏切り背徳の紅の味方をした。


────赦せるはずがない。


「誰もっ、誰も裁かないなら────!」


自分こそが裁くのだ。

いざ、矢を射る覚悟を決めた瞬間。


「私を、追い詰めたと思ったか?」

「っ・・・!」


錬金術師は不敵に笑う。

誰がどう見ても追い詰められた状況。


「あと一撃で死ぬと思ったか?」


浮遊する刃で反撃する暇さえ、与えなかった。

あの刃は何処にもない。



「しまっ────」


気づいた。

何処にあるかは分からないが、全てはこの時を錬金術師は待っていた。

反撃に使わなくなった時から、矢を死なずとも受ける覚悟は出来ていた。


「────甘ぇよ。」


だが、もう遅かった。

隠してあったのは地中。

そこから突き出した十二の刃。

それら全てが、サーズデイの四肢と身体を貫いた。


「────かは、ぁ。」

「・・・が、その甘さ、嫌いじゃないぜ。

・・・なんて、な。ガラじゃないっての。」


サーズデイは力なく倒れ伏した。

決着はついた。

全てはこの時の為に。

痛みさえ伴う布石に、実力の全てを上回っていた少年は敗北した。


アルは脱力して座り込む。

目の前の少年は、致命傷を受けて生気が失せていく。

もう、助からないだろう。


「・・・悪いな、いま楽に。」

「───いいえ、私におまかせを。」


その声がした方向にアルは振り向く。

そこに居たのは、笑みを失った水曜日アクシオだった。




───────────




死闘はより苛烈になった。

より強く。

より早く。


限界を超えてくる英雄は剣を振る。

限界を超えて奮い立つ紅は剣で応じる。


「「おおおおッ!!」」


師から受け継いだ大剣と業。

月光と身体強化・絶。


互いが自身の身体を犠牲に、鏖殺すべく衝突する。

互角に思われる死闘。

だが、如何に背徳の紅でも、黄金の英雄は場数が違う。


「く・・・!」


傷が増えていく。

身体強化によって肉体の負荷に加えて、外傷を重ねていく。

致命傷ではないが、ダメージを重ねればいずれは致命的になってしまう。


勝てない。

これだけ死力を尽くしても。

これだけ覚悟を背負っても。


「ッ、馬鹿野郎・・・!」


────違う。

背徳の紅は歯を食いしばる。

生きる、死んでたまるか。

この手には、まだ剣がある。

この身体は、まだ生きている。


だから諦める理由に足りえない。

生きている、最後まで生き抜く。

見せつけなきゃ、いけない奴がいる。

復讐という地獄を超えた先だって、花は咲くのだと。


「────ァアアアアッ!!」

「ぬっ・・・!」


歯を食いしばり、身体に力を込める。

切り結んだ鍔迫り合いに持ち込む。

戦う中で徐々に崩れてきた体勢を無理やり持ち直す。


「オラァッ・・・!」

「っ・・・!」


だがそれでは終わらない。

追い詰められた背徳の紅は、レイゴルトの額に思い切り額当てのある頭で頭突きを打った。

血が吹き出る。


イグニスの額当ては外れ、額の大きな傷跡が開いて血が垂れる。

レイゴルトの顔の傷が開き、血が垂れる。


「────はっ、まだ、死ぬかよッ」


相手の体勢も崩した。

これでお互いが体勢を立て直す。


出血した、傷は開いた

────で、それが?

刹那でも気を抜けば、死ぬ。


「創生せよ、天に描いた極晃を────我らは煌めく流れ星。」


詠唱を紡ぐ英雄。

黄金剣に光は集う。

標的を焼き尽くす死の光。


「おぉおッ!!」


撃つまでは時が在る。

イグニスは斬りかかる。

無論、レイゴルトはそれに対応する。


数秒、たった数秒。

本来、必殺の一撃を放つまで絶対に食らってはいけない状況。

レイゴルトはなおも動じない。

いかなるプレッシャーは通じない。


むしろ─────


「野郎・・・まだ・・・!」


覇気がより増してくる。

押しつぶされそうな殺意。

これが英雄たる所以か。


ならば


「───上等ッ!」


乗り越えるべきだろう。

復讐を果たして生きて帰る覚悟。

それは黄金の英雄そんなものさえ、通過点だ。


「来い・・・!」

「是非もなし────!」


一瞬、距離が離れる。

イグニスは射程外、レイゴルトは射程内。

放とうとされる光は必滅の光。

まさに絶望。


いいや────故にこそ、絶好の機会。


そしてその時は来た。



「────天霆轟く地平に、闇はなくガンマレイ・ケラウノス



焼き尽くす必滅の光。

英雄の代名詞。

それはイグニスに向けて一直線に放たれる。


「悪ぃな、師匠────禁じ手、使わせてもらうッ」


身体強化・絶。

月光の欠片で宿った刃。


それでも足りない。


なら、絶滅光アレを乗り越えるには────


「身体強化・絶、絶、絶─────」


重ねて重ねて重ねて。

負荷に負荷を重ねる。

その代償を払い、死中に突撃する。


「────切り開くッ!!」


爆発したような地のえぐれる音。

イグニスは大剣を必滅の光と衝突する。


「なに────!」

「うぉおおおおッ!!」


前へ、前へ、前へ────。

必滅の光だったはずの黄金は、切り裂かれてゆく。


"ああ、そうか─────"


切り裂かれてゆく光を見て、レイゴルトはあろう事か"納得"した。

志すべきこと、無辜の民だれかの為に戦うこと。

それを果たせず、目にした狂った友を見て、贖罪と言いながら手を貸してしまった。

本当に志を忘れていなかったのなら、それこそ、友であっても引導を渡すべきだったのに────。


"────本当に、俺は塵芥だな。"


遂に黄金の光は切り裂かれて散った。

そしてそのまま、イグニスの大剣で袈裟斬りを食らう。

致命傷は間違いなく、鮮血を吹き出す。


しかし倒れゆく英雄の顔は、痛みに歪めても、懺悔に悔いるもなく。

───ただ、静かにこの結果を受け入れていた。

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