背徳の紅"第三十話、開戦"


「邪魔だ。」


イグニスがアジトに向かう中、次から次へと襲いかかる敵。

恐らくは鉤爪の下っ端連中か。

もう今更、そんなものは敵にならない。


「ふっ・・・!」


魔法も、剣も、矢も。

全てを切り裂いて突破する。

埒が明かない。

イグニスは最早相手にもせず、邪魔する者だけ鏖殺して、先へ。


「──────。」


強い殺気。

上を見ると矢が無数に雨のように堕ちてくる。


「うぜぇな・・・!」


身体強化を使い、矢の雨をくぐり抜ける。

まだ見てない幹部か?

そう思いながら駆け抜けた先に、人影があった。


「・・・くはっ、やっぱり避けるかぁ。」


どう見ても背丈は子供。

犬の耳と尾が生えた獣人。

手には弓矢。

先程の矢の雨は、全てこの少年がやったのだと理解する。


「ガキに用はねぇ、退け。」

「退くわけないじゃん。同士が危ないのに。」


弓矢を構える少年。

まるで恐れのない眼。

それどころか、憎悪してさえいる。


「・・・幹部か、お前。」

「そうだよ。ボクはサーズデイ。お前を殺して、同士と鉤爪様を救うんだ!」


大きく出たものだと思いつつ、備える。

仮にも幹部。そして先程の矢の雨。

甘く見れば仕留められるのはこっちだ。


「・・・しゃあねぇな。」


気乗りはしなかったが、仕方がない。

立ちはだかる敵ならば、仕留めるしかない。


「あ?」

「・・・!」


イグニスが構えようとした時。

二人の間に何かが降ってきた。

矢では無い。

何より少年まで驚いている。


地面に刺さっていたのは─────



「────アルだと?」

「そうだ、私だよ。」


第三者の声に、二人して一斉に聞こえた方向へ向く。

そこには木の幹に座り、笑う女。

アルトゥールがそこにいた。


「何で此処に居るんだテメェ。 」

「後をつけたのさ、そして手伝いに来た。」


すとん、と地面にアルは降りてくる。

イグニスの質問に、アルは若干真剣に答える。


「そうか、ならコイツを仕留めるのを手伝い────。」

「なに勘違いしてんだバカ。」

「いって・・・!」


イグニスがまたしても構えようとするところへ、アルの蹴りが入った。

地味に痛い。


「一度言ってみたかったんだよな、これ。」


アルは笑ってイグニスの前に立ち、少年の方へ向く。

まさか、と思いながらイグニスはアルを見る。


「私に任せて先に行け。」


そのまさか過ぎる言葉に、イグニスは目を丸くする。


「・・・そいつは手強いぞ。」

「知ってる。」

「殺し合いになるぞ」

「承知の上さ。」


アルは錬金術師であり、魔術師だ。

戦闘に向いてないのは自他ともに認めている。

あの十二の刃も、自衛手段にしか過ぎない。

にも関わらず、アルはこのイグニスからしても手強いと理解している少年に、勝つ気でいる。


「・・・勝算はあるんだな?」

「当たり前だろ。無謀じゃないんだよ、私は。」


イグニスは目を瞑り、少し考える。

少しの間の思考の後、決断する。


「・・・頼む。」

「おう。」


イグニスは走り、アルとサーズデイのいる場所を通り過ぎる。


「ッ、まて!」


当然、逃がしたくないサーズデイはイグニスを追うつもりだった。

だが─────


「おまえ、よそ見とは余裕だね。」


十二の刃が、サーズデイの周りを浮遊する。

踏み出して走り出すことはもうできない。

獲物を取り逃したサーズデイは怒りの目をアルに向けた。

対し、アルは不敵に笑うのだった。


「んじゃ、やりますか。

大人気ないとか、言うんじゃないぞ?」




───────




イグニスは森を超えて、地下への階段を見つけた。

迷いなく、イグニスは降り始める。

暗く、長い階段だった。

しかし、思いに耽る暇など無かった。


空気が重い。

この先に誰がいるのか、嫌でも理解させられる。

それでも退く選択肢など有り得るはずもない。

降りて、降りて、降りて、ついに。

明るい場所に出た。

かなり広い空間で、壁のステンドグラスが床を淡く色を映す。


その瞬間────


「──────!」



空間の中心に奴がいる。

かつて名を轟かせた、間違いなくこの鉤爪の一味における、最高戦力。



「────待っていたぞ、背徳の紅。」



英雄バケモノ────レイゴルト=E=マキシアルティ。


既に剣は姿を現している。

逃げも隠れも出来やしない。


「・・・やはり、お前がくたばらなきゃ通れねぇか。」

「無論だ、俺とて譲れない。

新世界の道を創るのが俺ならば、同時に俺がいる限り道は途絶えないと知れ。」


イグニスは歩き、ゆっくりと距離が縮まる。

それはやがて、お互いに全力で斬りかかれば交わる距離に。


いつ頃の雨だったか、天井からは水が滴る。



一度、落ちた。


互いが、剣の柄に手をかけた。


二度、落ちた。


互いが、腰を落として構えをとる。


互いが見合う。

これから行うのは決戦。

全身全霊をかけて、己の望みを叶える場所。


静かな空間、前とは違う。

それでも、互いにとっては向かい合えば関係ない。

この、水音を例外として─────


そしてついに


水音は────三度目を迎えた。


「「─────!」」


互いが踏みしめていた床は沈み、えぐれ。

その瞬間にはもう、互いの剣は衝突していた。


「「狂い哭け─────お前の聖戦は此処で散るッ!!」」

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