背徳の紅"第二十八話、起源"



ある日、馬鹿が帰ってくる。


「ダメです!お休みください!!」

「ダメだ、仕事に穴が空くだろう?」

「穴が空いたみたいにズタボロになって帰ってきたのはますたーですぅう!」


正確には復帰してくる、なのだが。

とある家で、ベットから起き出して仕事に行こうとしていた。






───────────






「新しいブレイズ・ディザスターの調子は良し、だな。」


依頼を終えたイグニスは、群の施設の廊下を歩いていた。

今日もあの馬鹿は来ていない。


そう思った矢先である。




「帰りましょう!!」

「仕事が終わったら帰る。」

「今すぐですよぉおおっ!!!」






「・・・はぁ。」


ふかーいため息が出た。

何だこの聞き覚えがあり過ぎる声と、脳裏に容易に浮かぶやり取りは。

どうせ万全じゃないまま来るのだろうと思っていたが。


「・・・ま、いい。」


だが、聞きたいことがあったことは事実。

ある意味、丁度よかったのかもしれない。

イグニスは歩きだす、その声の主のもとへ。






「よう。」

「・・・よう。」

「っ、この、間の・・・」


声をかけたらコメットは物凄いバツの悪そうな顔をするし、マリアはコメットの後ろに隠れる。

まるで歓迎されていない、当たり前だが。


「生きていてなによりだが、身体の方はどうだ。」


イグニスが聞いた相手はコメット、ではなくマリアに。

コメットに聞いたところでどうせ"大丈夫"とか言うだろう。

だから把握しているマリアに、と思ったのだが。


「まだフラフラですし、魔力が────」

「マリア!!!」

「っ!ご、ごめんなさいますた!」


言おうとするとコメットに怒鳴られてしまっていた。

びくりと肩を揺らして謝るマリアに罪悪感が多少湧く。


「・・・悪い、お前を怖がらせる為に言ったわけじゃない。

だが充分だ。さて────。」


万全ではないことは分かっている。

どうせ素直に引き下がるコメットではない。


「・・・余計なことを。とりあえず、そこをどけ。」


案の定、コメットは睨みつけるように見上げてくる。

イグニスはそれを無視して、口を開いた。


「なぁ、コメット。

お前は────誰から赦して欲しいんだ。」


心根に問う。

コメットという人物を知る為に。


「へ─────?」


コメットは時が止まったように、気だるそうな目が、大きく開かれて動かない。

そこへ、更にイグニスは口を開く。


「裁き人は常に鏡に居る、か。

お前は、何のために力を使う。」


そこまで言ってようやくコメットは気を取り直して答えた。


「・・・人の為だ。俺以外の、他人ひとの為。

例えそれが、どんな罪人だろうと、時としてはな。」

「・・・それは何故だ?」


首を傾げて黙っているマリアを他所に、コメットの答えにイグニスは更に質問を重ねる。

それは、行動原理の根幹。

即ち、起源の問いである。


「・・・俺のせいでこれ以上、誰かを・・・失いたくないだけだ。

それが赤の他人だろうと。

・・・俺が、俺が救えなかったせいで、また、また・・・。」

「ます、た?」


コメットの声が、段々と小さくなり、俯く。

心配したマリアが声をかけるが、イグニスの問いは止まらない。


「・・・それが、顔も知らない誰かとして、どうしようもなかったとして。

何処の誰が、その罪を問うんだ?」


責めているわけではないのだ。

だからイグニスの声色は、ぶっきらぼうなソレではなくなっている。


「っ、ま、ますた・・・?」

「・・・俺、が


救えなかった、俺が悪い。


だから、俺が・・・


もっと、救えなかったぶん


もっと。


もっともっと






──────もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと」


壊れた道具のように、言葉を繰り返す。

マリアの声には反応しない。

繰り返して繰り返して繰り返す。

懺悔の雨に打たれながら、頭を抱える。


「────その先に、お前の枷がある。

聞け、コメット・ホウプス。 」


だが、それを背徳の紅は今更畏れない。

膝をついて、肩を掴む。


「お、俺、俺は・・・


やめろ、聞きたくない


やめろ。」


耳を抑える。

聞いてはいけない聞くな

己自身のこえが、頭に響く。


「俺はお前を救いたい。

お前の終わらない贖罪を、俺は焼却する。」


それでも、とイグニスは届いて欲しいという願いで、コメットにそう告げた。


「──────。」


硬直する。

様々なのろいが頭の中を交差する。


"お前に救われる価値はない"

"お前が救う側だ"

"お前が末路を迎えるまで"

"お前が末路を迎えても"

"救え"

"そうでなければ"

"お前は何のために在る?"


「おれ、は。」


首が閉まるように、苦しい。

差し伸ばされたような手を、掴むことを赦してくれないように。


「そうだ、俺は。」


頭の中ののろいが言った。


"それでいい"


「────そんなもの、要らない。」


イグニスが見つめるコメットの眼。

それは歪に、濁っていた。

まだ、そこまで踏み入っていないぞと。

そう告げられたように。


そうしている内に、コメットはイグニスの手を払いのけた。

必死なのか、或いは元々なのか。

体格からは想像できないほど強烈に。


「・・・やめてくれ。

俺はもう、これを外すことは、出来ないんだ。」


コメットは背を向けて、首にある鉄の首輪に触れた。

それこそが、自らに貸した償えない罰。


「この間の借りを、返したいだけだろ?

ならもう、充分だ。

今日は帰るよ、お前の勝ちだ。

良かったな。」


勝手な言い分だな、とイグニスはやはり内心で腹を立てる。

"お前の勝ちだ"と?巫山戯るな、と。


「諦めねぇよ。俺は借りを返したいんじゃねぇ。

お前を救いたいと言ったんだ。」


まだ諦めたくない。

もう一度伝えたがやはり、届かない。


「・・・またなんかあったらこい。

治してやるからさっ。」


コメットは笑って、走り出す。

マリアはそれについて行く。

直ぐにいなくなり、イグニスは壁を殴った。


届かなかった、と。


そして、確信する。

まずは自分のことを片付けなければならない、と。


そうでなければ、自分と向き合う機会さえない。


「・・・待ってろよ。」


ついでに、お前の常識を覆してやろう。

決意をしたイグニスもまた、この場から離れていった。

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