背徳の紅"第二十七話、幻想"


ある日、イグニスは依頼の為に群の外にいた。

現在は森の中、なるべく人目の付かないような道を選んでいた。


その中で


「・・・。」


気配を、感じた。

甘く、妖しい気配。

イグニスはこの気配を知っている。


「・・・言ったはずだ。」


気配の方向を向き、包帯に巻かれた大剣を抜く。


「次に会ったら────」

「ええ、無論。理解しています。」


そこに居たのは、鉤爪の一味に所属する幹部の一人。

"水曜日ウェンズデイ"の名を冠した、アクシオ。

あの妖しい笑みは変わらず、イグニスと対面する。


「惑わせたつもりなのは、過ちだったようですね。」

「・・・もう仕掛けていたのか。」

「ええ、ですが無理だったようです。」


気がついた時には、周りは水色と桜色の霧。

魔法・・・夢のように思考を溶かし、鈍らせる魔法。

しかし、それはイグニスには通じなかった。


「貴方の想いが強かった。なので勧誘は諦めます。」

「・・・。」

「────などと、納得出来れば良かったのですが。」


す、と目を閉じる。

ひとつ息を吐き、口を開く。

笑みはもうそこにはなかった。


「・・・理解できないのです。

貴方のお師匠様から説明は受けたはず。

穏やかに流れる川のような安息を、何故拒むのですか。」


イグニスはその問いに、うんざりとした様子でため息をつく。


「・・・その前に確認だ。

記憶を吸収し、新世界に投影する。その話には間違いないんだな?」

「・・・はい。

その世界での生命活動じごくを終え、新たな世界で生きる。間違いはありません。」


イグニスの確認のような質問に、アクシオは答える。

そうと言われれば、答えは当然。


「───なら、やはり相容れん。

親の仇としては無論。それ以上にテメェらがやろうとしているソレは、俺たちの生きる現在いまを最大限バカにしている。」


拒絶の一択だった。

その言葉に、アクシオは若干身を震わせた気がした。

その上で、イグニスは言葉を重ねる。


「生きる刹那いまは、たった一度きりだ。

同じ時間はない。在ってはならない。

テメェらのやっていることは、宝石を壊して、その欠片を拾って"宝"と言っているようなモンだ。

理想、というには無茶苦茶が過ぎる。」

「──────。」


否定に否定を重ねた言葉に、アクシオの震えは止まった。

それはまるで、能面のような表情だった。





「────現世ここでの生涯は、宝などではありません。」





虚無のような言葉が、この場に響いた。


「私の生涯は使われるだけのモノでした。

自由を求め、逃げ出すことさえ叶わなかった。

もう縋るのは、現世ここには無い。」


その言葉の羅列にイグニスはため息をつく。

馬鹿らしくて仕方がない。



淡々と、イグニスは答える。

その言葉に反応したのか、アクシオの周りに水の濁流が蛇のように蠢いていた。


認めてはならないか、或いは認めたくないのか。

その水の蛇は、イグニスに襲いかかる。

開けた口はイグニスの背丈ほど。


「テメェの事情は知らんがな────」


だが、今更。

そんなモノに動じる彼ではなく────


「─────八つ当たりするんじゃねぇ。」


包帯に巻かれた大剣が、水の大蛇を真っ向から斬り裂いた。

濁流は雨となって散り散りになって、水は堕ちた。


包帯はその一撃で散った。

姿を現した大剣、それは前のグレードアップ。

"ブレイズ・ディザスターver.2"

刃は、ナオタカが所持していた大剣から"月光の欠片"を利用し、神秘的な輝きを灯していた。


「さて、尻尾巻いて逃げるなら今のうちだが?」

「いいえ、不要です。」


イグニスは大剣を担ぎ直す、

対し、アクシオは水魔法を使役しようとする。

能面のような表情から、今は濁った瞳で歯を食いしばる。


「・・・そうかよ。」


なら仕方ない、地獄に堕ちろ。

そう言わんばかりに構える、


「「─────!」」


しかしその2人の間に、独りでに誰かの大剣が地に刺さった。


「やらせない。」


静かな少女の声。

それはアクシオの後ろから。


「・・・新手、か。」

「そう。私はサタデイ。

初めまして、背徳の紅。」


黒いフード、褐色肌で銀髪。

感情の起伏が少ない少女、サタデイ。

もとい、セブンスがアクシオの後ろから手をかざして歩いてきた。


「・・・アクシオだけじゃ危ない。」

「セブンスっ・・・貴女は待機と・・・何故ここに・・・!」


セブンスと呼ばれた少女は、"なぜだろう"と首を傾げる。

答えは見つからなかったようで、首を横に振る。


「分からない。でも我慢出来なかった。」

「・・・そう、ですか。」


納得しきったわけではない。

だがお陰で、少し冷静になれた。

セブンスもまた幹部の立場。ここで2人も失うわけにはいかない。


「・・・イグニス様。尻尾を巻いて逃げさせていただきます。」

「・・・好きにしろ。」


興味が失せたように、イグニスは踵を返した。

元より、適うなら"鉤爪"の首が取れるならそれでいい。

そのままイグニスは、森から離れていった。


取り残された2人は、命は助かったのだと小さく息を吐いた。

それはそれとして、聞かねばならない。

確か、セブンスはアジトで待機を命じられていたはず。

それに対し、セブンスは否定しなかった。

つまりこれは・・・


「・・・セブンス、貴女の自己判断ですね。」

「・・・・・・うん。」


アクシオの質問に、時間を置いてセブンスは頷いた。

何故、を説明は出来ないが。

命令ではなく、自分が選んだことだけは、セブンスは自覚していた。


「・・・あの方の仕業、でしょうね。」

「・・・?」


そんな風に育てるとしたら思い当たるのは一人しかいない。

アクシオの呟きに、セブンスは首を傾げる。

それに対し、アクシオは苦笑するし無かった。


「・・・なんでも。帰りましょうか。」

「・・・うん。」

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