背徳の紅"第二十六話、白星"



今は誰もいない休憩室。

イグニスはそのソファーでふんぞり返る。

コメットは数日、自宅で寝たきりになるだろう。

なので呑気に此処にいるのだが。


今まであったこと、つい先日あったこと。

振り返ってみたが・・・


「・・・末路を決めつけられたら腹が立つな。」


という感想が思い浮かぶ。

思考は冷静になったので、復讐に走ったせいで死んだ奴がいるから、それを恐れるという理屈は理解出来る。

出来る、が、やはり一緒にされては腹が立つ。


とはいえ、課題は多い。

まず自分の復讐もあるが、コメット周りのことも深刻だ。

珍しく、頭を悩ませている。


「ふむ。何やら悩んでいるらしい。」

「─────ッ!?」


聞こえた声に、剣の柄を握り席を立つ。

おかしい、誰もいなかったのを確かに確認したはずだ。

なのに、そこには初めから居たかのように、少年のような誰かが目の前の椅子に座っていた。


「・・・誰だ。」

「付き添いもなしに本部にいるのだから、群のメンバーだと思わんかね。」


思わずしてしまった質問に、少年らしき誰かは淡々と答えながら、紅茶を飲む。

何もかもが真っ白な少年らしき何かは、目を閉じたままだ。


イグニスはご最もな回答に舌打ちしながら椅子に座る。

さっきの話題に触れられたら面倒臭いと思いつつ。


「まぁ状況の把握はしているよ。なんなら君以上に知っている。」


まるで思考を読み取られたかのように先手を打たれた。

思わずコメカミを指で抑えそうだった。


「・・・何者だ。」


睨みながら聞く。

群のメンバー、にしては不可思議な点が今の時点で多い。


「きみ、この施設にどうやってきているか覚えているかね?私はあれを操っている者さ。

ホルストに真偽を問うといい、本当のことを言うだろうから。」


答えてはいる。質問すれば全部わかるだろうが、いまこの場に置いてあまり重要ではない。


「・・・なるほどな。

現時点で、お前は"でかい存在"なのは理解した。

で、そんな崇高な存在が俺に何の用だ。」


そう、何となくだが上位の存在なのは分かった。

だが何故自分に関わるのか理解できない。


「きみ、あれ・・・そう、コメットだったかな。

アレに会ったろ?彼女は私の部下のようなものでね。きみが彼女について何やら悩んでいるらしいから、少し興味を持ったのさ。」


なるほど、上位の存在らしい言い草だ。

そちらの好奇心に付き合うつもりはない、と思考が過ぎったが。


「私は彼女に手を出したのが誰なのか把握出来ているんだがね。私の好奇心に応じてもらえないなら、仕方ない。」

「────。」


それを聞いて、気が変わった。

"彼女に手を出したのが誰なのか把握出来ている"?

それは捨ておけない。


「・・・教えてもらおうか、誰の仕業なのか。そして、何が望みだ?」

「簡単なことさ。きみがいったい何に悩んでいるのか、私はそれを知りたい。

私からの情報提供は、それからだ。

ふふ、これは面白いね。コメットから私が叱られるかな。」


そちらの都合まで考えるつもりはないが、と思いながら口を開いた。


「・・・悩み、というよりは、推理に近い。

ヤツは何故、思考がああまで固定化されているか、だ。」

「なるほどね。

・・・答えは、出たのかい?」

「答えは出ないな。そも解答として正解を出すのは不可能に近い。俺はヤツを理解していない。」


根本的に、自分はまだコメットのことを分かっていない。

だが、あまりに、いくらなんでも。

あの自己犠牲の精神は行き過ぎている。

そうあれかしと、定められているかのように。


「ただ確実に言えることがある。

ヤツの"のろい"はヤツ自身がつけたモノだ。」


ほぼ確信に近い仮定。

それがどのようにして行われているのかは把握していない。

だが、間違いないのは自分自身が"そうであれ"と願いのろいをかけたのはコメット自身。

過去にあったことを悔やんでいたのが、何よりのキーワードだ。


「なるほど。確かにその通りなわけだが・・・では約束だ。私もそろそろ情報提供をせねばならぬだろう。」


目の前の白い誰かは座り直す。

これからが情報提供だろう。


「彼女、白辰に連れていかれたことがあってね。そこで彼女を使っていた女がいたのさ。そいつが今回の一連の原因だ。」

「ちっ、白辰の連中か。まるで絞れねぇな・・・。

とにかく、捕まって体良く使われてあの惨状。巻き込めねぇから口を閉ざしているワケか。」

「その通り。助けを求められれば、私は私の部下を彼女に与えることもできるんだがね。

残念なことに彼女は私を巻き込むことを恐れるどころか、私を救う対象として見ているらしい。おかしな話さ。」


思ったほど犯人に近づけた話ではなかったが、それ以上の収穫があった。

コメットという人物についての理解が、一歩近づいた。


「・・・何かを失った時、怒りの対象は自分自身だった。だから、末路おわりまで自分を精算し続ける。

大して人の事を言えた立場じゃねえが、面倒だな。」


舌打ちして立ち上がる。

とにかく、じっとしていられない気分になった。


「他者に向けた方が楽なのにね。あの梟のように。人間とは不思議な生き物だ。」


"私も人間なのだが"と、白い誰かが付け足すと、イグニスは"ぬかせ"と返す。

イグニスはそのまま扉へ向かう。


「行くのかい?」

「別にまだ、何か出来るわけじゃない。」


だから、行きたくてもまだ、何も出来ないかもしれない。


「だが、立ち止まることだけはしたくねえ。」


それはある意味、イグニスという人物の根幹だったかもしれない。


「・・・ふぅん。もし何かやろうというなら、会議室のある施設の3階に来るといい。

書斎の隣の部屋に、私はいる。

移動手段くらいは用意してやれるよ。

・・・白い小鳥に泣かれるのは、私もあまり好ましくなくてね。」


白い小鳥とは恐らくシルフィとかという子供だろうか。

よく分からないが、協力して貰えるなら、それに越したことはない。


「なら、有難く使わせてもらう。

・・・お前の名前、まだ知らねぇな。」


ドアノブに手をかけようとした時、ぴたりと止まりながら言う。


「はて。見た目を言えば恐らくホルストは把握できると思うが。

私に個体を識別する名称は本来なくてね。強いて言うなら、そう。


白星、で通じるだろう。」


呼び名を一つ言うだけで結構渋るんだな、と思いながらドアノブに手をかけ開く。


「なら、そう呼ばせてもらう。

特徴を話すのは案外手間だからな。」


そう言いながらイグニスは休憩室から出ていく。

目を開いてないが、見送った白星は、いつの間にかその場から消えていた。

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