背徳の紅"第二十五話、拒絶"




あの光景を見た瞬間、ピースとアルを呼びに行った。

そして直ぐにコメットの家に押し入る。


「───この世話を、あいつ一人に出来るわけがねぇだろう、馬鹿かテメェは!」

「ほっとけ、俺は、大丈夫だから・・・」


コメットは意識はもうろうとしている。

そんな状態が大丈夫なはずがない。

イグニスが激昂するのは当然だった。


「ごめんなさいマスター…ごめんなさいっ…」

「誰も悪くない、いいんだ…」


ついにワンワンと泣き出したマリア

なんとか声を出すコメット


その光景に、アルは歯噛みする。

ピースは何一つ動じた様子はない。

今や泣いている暇はないのだ。


「では、失礼して始めよう。」

「・・・いい、放っておけば治る。

でていってくれよ。」


ピースとアルは治癒術師ではない。

故に魔力を用いて治癒は出来ないが、その他のできる限りの処置をする。

2人で応急処置をしている間、コメットは目をどこかに逸らしながら言った。


「友人の依頼でね、彼が頼るなんて滅多にないので尚更断れないさ。」


言葉、というよりはテキストで語りかけるようにピースは言う。


「多少はマシになったが・・・答えろ、誰にやられた。」

「・・・。」


何も答えない。目も合わせない。

それがさらに、イグニスを腹立たせる。


「───答えろ、コメット・ホウプス!

普通じゃない、それくらい分かってんだろ!こっちは頭にキテんだ、教えろ。

お前をこんな目に合わせたやつは誰だ!」


足音を大きく立てながら近寄って問う

一瞬びくりと反応するが、やはり回答はない。

誰かを巻き込むのが嫌なのか。

なるほど、他者から見たら腹も立つ。


「・・・もし、彼の心配をするならそれは無用だ、ホウプス君。

むしろ、私は放っておけば虱潰しで探し始めるだろうね。」

「・・・何処かは少しくらいは目処がつく

───白辰だな?」


ピースはある意味誘導尋問のように聞き、イグニスが続く。

イグニスが白辰に行くと聞いた瞬間の反応を思い出す。

あの尋常じゃない焦り方を見れば予想もつく。


「知らない。良いから、大丈夫だから…。

今日は帰れ・・・っ。」

「ますたっ、だめです!やめて・・・!」


無理やり点滴を引き抜き、ベッドから立ち上がろうとする。

これ以上聞かれては喋ってしまいそうで。

とにかくその場から逃げ出したかったのかもしれない。


イグニスはコメットを立ち上がろうとする上体が動いた刹那、頭を掴みベッドに押し付けた。

仰向けに押し付けたのだから当然、強制的に目線が重なる。

もう逃がさない。何度も何度も、煙に巻かれるのは勘弁だ。


「───逃げんじゃねぇッ!どこまで俺たちをコケにしてやがる!」


───その表情は、酷く必死だった。


「ッ──・・・!


・・・さい。


うるさい!!

お前に、復讐を望んで進むお前に何がわかる!!!」


今まで力なく答えていたコメットが叫ぶ。

堪えていた何かを、吐き出すように。


「俺は復讐した先の結末をこの目で見た!!

そして、また・・・

また、大切な何かを・・・

大事なお前ら群の仲間を危険に晒したくない!!


もう二度と、俺のせいで死なせない!!」


そんな悲痛な喚きを、濁った眼で言うのだ。

それが悲しくて、そして腹立たしくて。

────やはり俺は間違ってなどいないと理解する。


「────死ぬかよ、他の誰かと同じに見るんじゃねえ。」


なぜならイグニスは"そいつ"じゃない。

どうでもいい、自分の復讐は自分のものだ。

誰かと比べられていいものじゃない。


「俺は俺だ。イグニス=クリムゾンだ。

復讐以外に俺の何を知っている。知らねぇだろうが。」


そう、なによりそれが腹が立つ。

いま、何のために俺は力を振るうのか。

生きるために。

生きた先に、誰を守りたいか。

そんな事も、知らないだろう。


「お前を理解するしない以前に、知ろうとしないのはテメェだろうが。

言ったはずだ。

────納得する終わりなど、たどり着かせねぇとな。」


コメットの瞳が揺れた気がしたが、やはり目をそらす。


「何も知らなくていい!!

もう、ほっといてくれ・・・帰れ・・・!!」


手を払う。

それはもはや、駄々をこねる子供のようだった。


「テメェ・・・!」

「彼はね、君を"助けたい"と言っているんだ。」

「おいピース・・・! 」


それに対して突っかかるイグニスに、ピースは助太刀のつもりなのか、口を出す。


「・・・俺以外にしろ。治り次第、仕事に戻るから、だから・・・。」

「マスター・・・」


拒絶に拒絶を重ねる。

マリアは見守ることしかできない。


「重ねて言おう────君でなければダメなんだ、ホウプス。

君が私やアルと同様に、イグニスの事情に踏み入った。

君たちはよく似ているよ。

"関わったことで傷ついて欲しくない"とね。」

「──────。」


コメットに対するピースの言葉。

何か思うところがあったのか。

コメットは何か言いたげにしたが、やめた。


「・・・俺は、いい。

今日は、帰れ。」


コメットは目を閉じ始める。

先程言うのをやめたのは、果たして言いたくなかったのか、言えなかったのか。


「・・・今日は帰ってやる。

だが、諦めねぇ。

─────俺はお前を、はなさねぇ。」

「こと、わる・・・。」


イグニスの言葉が聞こえたのか、コメットは意識を閉ざしながらも、最後まで拒絶した。

イグニスは悔しげに、舌打ちをした。




────────




今日はある程度の片付けを終わらせてから、解散となった。


帰り道、歩きながら振り返る。

何度吼えても、何度訴えても。

コメットは手を振り払う。

あの濁った目を、忘れない。

あんな目をした奴に救われたまま、終わりたくない。


「・・・君がここまで入れ込むか。予想してなかったよ」

「・・・悪いか。」


コメットが何者かによる負傷したと聞き、向かったのは良いが、何も情報を得られなかった。

分かったのは、彼女からの本音の一部。

それに対し、いくら言葉を尽くしても覆らなかった。

分かっている。

あれだけの異常性は、ただの言葉では足りないということくらい。


「・・・頑張って。」

「言われるまでもねぇよ。」


ピースの向けてくる拳に、イグニスも拳をぶつけて応えた。

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