背徳の紅"第二十四話、凄惨"


雨、それは音を隠し、光を隠す天候。

その中でコメット・ホウプスは街を歩く。

薬やら道具やら、買い揃えたいものが山ほどあって。

時間が惜しい、濡れるのはまだいいが1人でも救える時間が減るのは嫌だ。

横着し、路地裏に行く。

それが、彼女の運の尽きだった。


「────あらぁ、久しぶりじゃない。」


嫌な声を聞いた。

こんなに雨なのに、そんな嫌なことばかり耳に入る。

コメットはその声の主に振り向く。


「おまえっ・・・!」


思わず、背筋が寒々しくなる。

優しそうな笑みが、仮面なのは誰より理解している。

最悪の毒女が、そこにいる。


「顔見ちゃうと昂っちゃった。

久々に会ってばかりで悪いけど、ちょっと付き合ってくれない?」


嫌だ、嫌だ、嫌だ。

何をされるか分からないけど、何が起きるか分かってしまう。

でも拒否をすれば、わかっている。

"他の誰かが犠牲になる"

彼女ならば、絶対にやると確信している。


「・・・わかった。」


ロクに考えることすら叶わず、首を縦に振る。

現れた毒女は、三日月のように口角をあげて嗤った。




────────





その日は、雨だった。

帰ってくる足音も、地に滴る別の音も、引きずるような音も、全てが雨に流された。


扉が開く、中にいた同居人が気づく。


「っ、ますた!」


マリアというのは彼女のこと。

白い髪と青い瞳、兎の耳のある魔族で、コメットの契約者。

かつて、マリアはコメットに命を救われたことがある。

しかし過去に起きたことで、人間不信になってしまい、こうしてコメットの家に住んで助手のような役割をしている。


話を戻そう、扉の音が聞こえた時には、マリアは主が帰ってきたと思っていた。

しかし──────


「た、だい、ま・・・」


血まみれで、床を血で濡らして。

瀕死のままのコメットが帰ってきた。


マリアの悲鳴が響く。

あの日の悪夢はまだ、終わっていなかった。




────────




「たく、こんな所にあるとはな。」


滄劉の森の中を、イグニスは歩く。

今日、コメットは来ていないと群のリーダー組から聞いた。

放っておいても良かったが嫌な予感がしたこと、なにより本人の口からは言い出せないが心配だった為か、リーダー組から場所を聞き出してここまで来ていた。


「・・・アレか。」


豪邸が視界に映ってきた。

成程、これは随分な家だ。

とはいえ初めて行く家だ。

間違えでないよう祈りながら向かう。


ドアに向かう最中、窓から中が見える。

窓からはマリアが半泣き状態で少しばたついた様子で家事をしており、さらに何かを運んだりしていた


「・・・んだよ、お付のやつはいたんだな。」


窓から見える様子にため息をつく。

ただその割には慌ただし過ぎるように見える。


それもそのはず。

マリアが半べそで食事を運んでいたり、何か赤いシミの着いた衣類を洗ったりしている。

しかも、物干し竿にはボロボロの白衣がぶらさがっている。


「・・・ガキひとりにやらせる量じゃあねぇだろ。

やっぱアイツ独裁者だな?」


血相を変えて突撃したくなる気分を抑える。

からかう材料は出来たな、と。

無論、今からはそれどころじゃないのは間違いないとも予感しているが。

ドアに近づいて、ノックをした。


ドアの向こうで、パタパタと走る音が止まった。

しかしドアが開く気配はない。


「ち、やはりな。

カウントダウンする、こじ開けられたくなけりゃとっとと開けろ。」


そうだろうな、と何となく思っていた為、すぐに実力行使に移ろうとする。


「や、やめてください」


ドアの向こうから震えるているような声。

きっとマリアだろう。イグニスは知らないが。


「なら開けろ。お前一人でどうこう成るハナシじゃねぇだろ。

何より言って聞かないのはお前が一番よく知ってるんじゃねぇのか。」

「・・・貴方に、何が出来るのですか。

マスターのこと、何も知らない人に、マスターを助けることはできませんっ。

それに、まだ、私は・・・外の皆さんを、完璧に信じることは出来ませんっ!


それなのに、開けろだなんで。

貴方が、ますたを傷つけないという証拠はあるんですか。」


辛辣な言葉と威圧的な声とは裏腹に、意味は真剣な説得だった。

しかしマリアにとっては、恐ろしさが勝る。

震えた声で、イグニスの説得を突っぱねる。


「証拠なら、もうある。

そいつに聞いてみろ、強制的に睡眠取らせたこともあれば、強制的に飯食わせたことがある。

何も知らない?ああそうだな、だがそいつは知らない俺の事情にズケズケと踏み込んだ。

そいつが今、死にかけているのか知らんが───黙っていられるか、それを。」


全てはイグニスの事情だ。マリアが受け入れる理由にはならない。

だがイグニスにとってはそれだけ真剣な話だった。


「・・・それが、マスターです。でも、それでも。

・・・マスターに、誰もいれるな、と。」


後半につれ、声が小さくなり、震えた声に鼻をすする音が交じる。

何が何でも、自分の事情に巻き込まないようにするのがコメットだ。

だが、それは─────


「───それを、お前は納得しているんだな?」


─────納得するのは、本人だけ。

それは、感情の根幹に問う言葉だった。

だから当然、ドアは開かれた。


「ったく、んなお喋りのつもりもなかったんだがな。」


若干の悪態をつきながらイグニスはすぐに家に入る。

ドアの向こうはぐちゃぐちゃで、ところどころ血のシミが目に入る

目の前には、赤く目を泣きはらしたマリアと、その衣服には誰かの血がふちゃくしていた。

その血が誰のモノなのか、直ぐに分かる。

相当、限界だっただろうなとイグニスは察する。


「・・・慣れねぇマネするからだ、少し休め。

コメットは何処だ。」

「っ・・・、あっち。」


イグニスの質問にビクッ、と震え、1度離れるように下がり、ゆっくりと指を指す

指をさした先には、赤黒い道ができたひとつの扉

扉は少し空いている


凄惨な光景が容易に想像出来る。

イグニスは行動を急ぐ。


「ロクに止血もしなかったのか、或いは出来なかったか───入るぞ。」

「っ、まって・・・」


マリアの静止など気にも止めず、扉の前まで歩いた時・・・。


「おい、誰もいれるなと、・・・言っただろう。」


弱々しい声が聞こえる。

あの聞き慣れてしまったあの声。


「・・・誰にやられた。」

「・・・入るな。」


扉越しの質問。

コメットはただ拒絶する。

イグニスは頭に来た。

もう無理やりにでもいくしかない。


「───断る。

お前がやった事を、俺もやるまでだ、俺なりにな───。」


手で扉を押し、入る。

そこには─────。


木漏れ日が差し込むその部屋のベッドに


「入るなと言ったのになぁ・・・。

・・・やぁ、イグニス。」

「─────。」


四肢は何とかもげていないものの、包帯の上からでも分かるほど血が滲みだし

あちこちに包帯やら固定器具、点滴などがあり、顔にはアザや頭部にも包帯

その顔は今にも死にそうだった。


なのに、いつものように対応するコメットを見て、怒りが渦巻いた。


巫山戯るな、巫山戯るな、誰だ、何をされた。

同じ言葉が頭に渦巻く、コレはなんだ?


復讐に並ぶ、耐え難い怒りが心を支配する。

赦せるはずがない。

死ねよ塵芥が、傷つけた塵芥が。

何とか冷静になろうとする理性を働かせることが、イグニスにとっては精一杯だった。


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