背徳の紅"第二十三話、幹部"



ある日、別の場所で─────


「鉤爪、"マンデイ"は死んだよ。」


仮面の男は、そこにいた。

対面するのは、慈悲深い笑みを張り付けた鉤爪の男。


「彼ですら、イグニス君を止められませんでしたか。」


素晴らしい、と評価する。

今は廃れたとはいえ、かつて無慙と呼ばれた男の不覚。

それを何一つ責めはしなかった。


「彼はそうやって、想いを背負うのですね。」


少なくとも、鉤爪の男はそう解釈した。

イグニスがどんな思いだったかなど、何一つ考えずに。

何も疑わずに、背徳の紅はそういう存在なのだと決めて、慈悲深い笑みを浮かべていた。


「"サンデイ"。彼の器は? 」

「此処にある。」


仮面の男もまた、鉤爪の一味。

"日曜日"の名を冠した男だった。


差し出したのは、ある男の亡骸。

ピースによって、埋葬されたはずのナオタカの亡骸だった。


「ご苦労さまでした。

約束通り、新世界への切符を────。」


鉤爪の男は、右手をうごめかせる。

それは鉄の腕、爪先は尖って、宝石が埋め込まれている。

つまり、右手そのものが、鉤爪だった。


爪先が、ナオタカの亡骸に沈む。

突き刺さり、脳に至る。

鉤爪に取り付けられた宝石が虹色に輝く。


「───いずれ来たる平和な世界に誘う前に、おやすみなさい。」


慈しみを以て、告げる。

まるで、まだ相手が"死んでいない"かのように。

やがて虹色の輝きは収まり、鉤爪はナオタカから離れる。


「終わりました。彼の魂は、私の腕の中。

それでは私は休みます。

フライデイ、私の護衛を。」

「承知した。」


実際は、記憶を記録として採取しただけだが。

鉤爪の男は、レイゴルトを連れてどこかへ行こうとする。


「・・・背徳の紅、危険だよ。」


まだ12歳頃だろうか。

犬の獣人の少年が呟いた。


「あいつ、死ぬべきだ!あんな奴がいたら、同士や鉤爪様が────!」


少年の訴えに、鉤爪は"右手"で頭に乗せる。

爪先は頭の皮を裂き、血が流れ出るが、少年は痛がることも、怖がることも、嫌がることもなく、きょとんと鉤爪の男を見上げる。


「いけませんよ、サーズデイ。

気に入らないでしょうが、だからこそ彼には新世界の素晴らしさを知る義務がある。

現世界の太鼓の秩序が、如何に欺瞞なのかをね。」

「・・・わかった」


鉤爪の男は手を離し、特に治療をさせない。

何を言っていたか伝わらなかったが、"ダメだ"ということは理解した少年はしぶしぶ頷いた。


「ウェンズデイ。」

「"彼"との接触、ですね?」


水曜日を冠した女狐を呼ぶ鉤爪の男。

意図を察した女狐の言葉に、鉤爪の男は頷く。


「では、頼みますよ。」

「畏まりました。」


女狐、アクシオは頭を下げてその場から離れていった。

鉤爪の男もまた、レイゴルトを連れて何処かへ行く。


「じゃ、僕も行くよ!邪魔する奴らをみんな射抜くんだ!」


頭の傷をそのままに、弓を持った少年が行こうとする。


「・・・待って。」

「んぇ?どーしたの、"サタデイ"。」


それに待ったをかけたのは、褐色の少女。

黒いフードを被った、土曜日の名を冠した少女である。


少女は手を差し伸べ、サーズデイの頭に触れる。

魔法陣が展開され、指先から頭に淡い光があたると、少しずつではあるが、完全に傷を塞いだ。


「ありがとう、同士!」


少年は頭に触れて人懐っこい笑顔を見せて、走っていった。


「・・・サンデイ、私は正しい?」

「私は正しさを決められる器ではないよ、"セブンス"。」


この空間にこのされたのは、サンデイとサタデイ。

否、サタデイという少女の真名を言うならサンデイが言うように"セブンス"だろう。

セブンスの問いに、サンデイはそのように応えた。


「・・・さっき、サーズデイの傷を治して喜んでくれるの、嬉しかった。

サーズデイだけじゃない、みんなも。

でも、傷つくのは悲しかった。」


偽りを知らぬ少女は、心根からそれを告白した。


「・・・それは、同士が傷つくのは、かい?」

「・・・誰でも、辛い。」


サンデイの質問に、セブンスは首を横に振って答える。


鉤爪おとうさんが正しいから、正しいのでは、なかったの? 」


父と慕う思いもないのに、そう作られた少女は、思いを吐露する。


「・・・親が作る作品を、自分の作品のようにするのは、私は賛同しない。 」


サンデイは、セブンスの頭に手を乗せて言う。


「・・・なら貴方は、自分が正しいかもわからないのに、私には"違う"って言うの?」

「厳しいな君は・・・だが、いい質問だ。」


サンデイは苦笑する。

だが同時に、賞賛する。


「その疑問を忘れないことだ。

その問いも、忘れないでほしい。

何かの答えを得るのは、疑問と回答の果てにあるからね。」


サンデイなりの答えを、セブンスは理解しきれずに首を傾げながら見上げる。


「どういう意味────」

「さてもう一度、彼の埋葬をしようか。」


セブンスの問を、サンデイは待つことなくナオタカを持ち上げる。

それに対し、セブンスはムスッとした。


「・・・ズルい。」

「君は私のような大人にならないことだ。」


しかし、仮面の男はさらりと返し、ナオタカを抱えて去ってしまった。


「・・・自分で、考える。」


しかし、教訓はあった。

この時、話した内容を忘れないようにしようと決意したセブンスもまた、この場から去っていった。

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