背徳の紅"第二十二話、遺産"


目を覚ます。

少しだけ見慣れた景色。


「やあ、ようやくお目覚めか。」


聞きなれた声。

相も変わらず、頭に直接テキストをねじ込まれるような声。


「・・・ピース、か。

師匠の家から、わざわざ運んだか。」

「ああ・・・済まないが、君の師は、私が埋葬したよ。」

「・・・そう、か。」


暦を見れば、1日過ぎた事がわかる。

どうやら1日中、眠っていたのだとイグニスは把握した。


「すまない、死体を放置する訳にはいかなかったからね。」

「構わん。最期は看取った。それで充分だ。

それに─────」


枕元には、あの月光があった。

ピースの行動に責めることは何も無い。

今そこに、形見だってある。

月光を手に取る。

かつて、師が立ち上がらねば、これが無ければ・・・きっとイグニスと出逢うことすらなかった。

だから、忌むべき日々も今は、それほど憎しみはない。

これまで積み重ねた刹那があってこそ、ここまで生きている。


「・・・連れていくのかい、月光ソレを。」

「ああ、当然だ。」


いまアルに預けている剣と、1つにする。

これまで積み重ねた刹那すべて、"ブレイズ・ディザスター"に乗せる。

イグニスは、月光を背中に担ぎ立ち上がる。


「・・・行くんだね。」

「ああ、帰らなきゃならん理由もある。

世話になったな。」


そう言って、イグニスは玄関へ。

直ぐに扉を開け、"またな"と言い残して去っていった。





────────





「・・・おまえ、またとんでもないのを。」

「・・・頼む。」


未だ、ブレイズ・ディザスターのアップデートに悩むアルのもとに、群から帰ってきて直ぐに、月光を差し出した。


何か、色々あったことは察せられる。

イグニスのたった一言に、ソレは込められていた。

そんな頼み、アルは断るはずもなかった。


「任された。じゃ、報酬は・・・。」


アルはイグニスの肩を叩く。

それだけ、剣を想いを託して、作るのを託す。

そんな友人に、望むことはただ一つだった。


「────色々話、終わったら聞かせてくれよ。」

「・・・物好きだなテメェも。 」


ウインクして笑いながら言うアルに、思わずイグニスは吹き出してしまいながら、それに応えた。

お互い笑いあって、その日は解散。

イグニスは研究室に向かう。


もう日は暮れてきていた。


「マリアが心配してまたタックルしてきそうだし、帰るか。」


コメットはちょうど研究室から出てきた。

どうやらマリアと呼ばれる人物のお陰か、少し仕事は早めに切り上げるようになっていたらしい。

その事実に、耳に届いたイグニスは少し安堵する。

呼び止めるのも、帰りの邪魔になりかねないと思ったが、約束は約束である。


「・・・コメット、帰ってきたぞ。」


・・・ただ少し、呼びかけ方が他人に誤解を産みそうなものだった。

誰もいないから良かったが。


「・・・!傷は!?何も無かったか!?」

「ねぇよ。」


どちらにせよ、白辰に行くと聞いた時点で落ち着きが無かったのだ。

無事と分かりつつも、思わず体に何かされてないか気になってしまい、コメットはジロジロ見ている。

その様子に"少しは信用しろよ"とため息をついた。


「弄られてねぇよ、安心しろ。」

「・・・そうか。なら、いい。」


素っ気ない感じではあるが、安堵の色がまるで隠せていなかった。

・・・まぁ、流石に娼婦にハニトラしかけられたり、師匠と喧嘩したり、その師匠が死んだ、とか言えるはずもないのだが。


ともかく、これで心配材料も減っただろう。

イグニスは、若干"してやったり"という思いがあったことも伏せておく。


「さて、とっとと休めよ。」

「・・・いいんだ、俺の事は。」


イグニスは通りすがり、コメットの頭に手をぽんと置いた。

コメットから出ている言葉は、変わらない。

意地の張合いから帰ってきたら、やっぱり意地の張合いだった。


とはいえ、全くふざけられない。

むしろ、素っ気なさが増した気がする。


「・・・お前が、納得する終わりにはたどり着かせない。」


何度も言うぞ、と。

諦めない、その想いはイグニスの中にある。


だが、同時にコメットの硬い気持ちは変わらない。

期待しない、そして自分こそが糧になる。

その想いはより強固になっていた。


「・・・無理だよ。」


イグニスの去った廊下で、首にあるモノに触れた。


硬い、硬い、硬い。

自分に嘘をつく為の、のろい

何も出来なかった自分につけたのろい

それには未だ、イグニスは気づいていなかった。

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