背徳の紅"第二十一話、生涯"



重い金属音が道場内に響く。


片や、今を駆ける背徳の紅。

片や、かつて恐れられた無慙。


身体強化を用いた人間たちの打ち合いはもはや、超人としか思えない剣戟だった。


「どうした、音に聞こえる背徳の紅はそんなものか。」

「野郎ッ・・・!!」


全力で攻め立てるイグニスを、老体でありながら軽々と受け止める。

ナオタカの反撃もイグニスは受け止めるが、巧みな身体強化でイグニスが一歩下がる。

経験の差か、一件互角に見える剣戟はイグニスの方が消耗する。


「強化が緩い。こうやれば良いだろう。」

「────ッ!!!」


爆発的な強化。

ナオタカにより生み出された身体強化の発展、"身体強化・絶"。

しかし最初とは違う。

しっかりイグニスの眼で捉えている。

体勢を整え、イグニスは防御して下がる。


「ちっ・・・。」


身は防げたが、大剣が無事ではなかった。

イグニスが拾った大剣がひび割れる。

身体強化・絶による強大な身体能力と、月光の刃を持つ大剣の威力。

ただの大剣ではアレと打ちあえない。


「しゃあねぇな・・・!」

「む・・・!」


ひび割れた大剣を投げつけ、ナオタカは回避する。

その間に拾うのは日本刀。

ナオタカの流派において使われるもう一つの道。

ならばイグニスにも扱える。


「烈黎の見様見真似か?」

「自覚はしているがな・・・!」


しかし、あくまでイグニスは大剣を主としている。

日本刀の扱いにおいては達人とは言えない。

それでも無いよりはいい。


「しぃッ・・・!」

「っ・・・!」


抜刀術、しかしかなり力任せのソレ。

大剣よりも疾く、ナオタカに向けて連撃を繰り出す。


「無茶苦茶な真似を・・・!」

「当たりゃ斬れるだろうがッ!」


直ぐにナオタカは対応するものの、イグニスも止まらない。

決して譲らない攻防。

未だ傷はないものの、当たればどちらも致命傷になりかねない。


「ぉおおッ!!」

「ぐっ・・・!」


イグニスもまた、身体強化・絶をものにする。

負荷を犠牲に、より強力な一撃を叩き込む。

咄嗟に身体強化で返そうとするナオタカだったが、出遅れて体勢が崩れる。


「そこだ・・・!」


追撃、イグニスは刀を振り上げる。


「まだだッ!!」

「ぐッ!」


ナオタカは咄嗟の蹴りを出す。

それを腹に受け、イグニスはよろける。

今度は、ナオタカが大剣を振り上げる。


「くそ、がァァッ!!」

「ぬ・・・!」


捨て身でイグニスが突撃する。

体当たりを腹に受け、ナオタカは下がる。


何度打ち合ったか、どれだけ体力を消費したか。

イグニスもナオタカも、距離を離して膝をつく。


「ッ・・・くそ・・・もうもたねぇか。」


イグニスが持つ刀を見れば、もう刃が零れている。

このまま闘っても、イグニスに勝ち目はなくなる。


「・・・やるしかねぇな。」


ふと、地に目をむけると折れた大剣が目に入る。

それを拾い立ち上がる。


「ふん・・・!」

「ぉおおッ!!」


お互いに立ち上がると同時に、身体強化・絶を発動。

これが最初で最後のチャンス。


折れた大剣と欠けた刀、月光に立ち向かう手札としては不足している。

打ち合った2つの武器は砕けたが、まだこの身は残っている。


「ぐぁ、あああああ!!!」

「な、にィ・・・!?」


イグニスは懐に入り、ナオタカの大剣を持つ右腕を抑える。


「ッ!?」


繰り出されたのは拳、ナオタカの顔面に叩き込まれた。

予想外の攻勢、ナオタカは理性的となったが故に動きが一瞬固まる。

イグニスは抑えた右腕をひねりあげ、ナオタカは大剣を手放してしまう。


「────馬鹿弟子がァ!!」


だが老体といえど、かつては無慙。

反撃しないはずもなく、左手で殴り返す。

イグニスもまた顔面に受けてよろける。

抑えていた右腕を離す。


「「ッ────!!!」」


もう武器を拾う隙はない。

どちらも隙を与えはしない。

イグニスもナオタカも、よろけて倒れたくなる身体を無理やり叩き起して、前へ────。


「ぐぁあああッ!!」

「ぬぅうッ!!」


殴られ、蹴られ、捕まれ、


────それでも、前へ。


殴り、蹴り、捕まえ、


────それでも、前へ。


もはや生命のやり取りではない。

斬って捨てて終わり、だったはずの戦いはもうそこにはない。


殴っても蹴っても離れないし、倒れない。

これは意地を通す喧嘩だ。


何があっても生きろ、自分も生きるから。


何があっても乗り越えろ、もう己に価値はない。


お互いの理屈にもなってない意地を、張り合って喧嘩になる。


((────ああ、馬鹿だな。))


ふと、笑みが浮かぶ。

もっと早く、こうしていれば良かった。

破門になったあの日が来るまでに、こうやってぶつかってたら────。


────悪くない。

馬鹿やるっていうのは、こういう事なんだろう。

単純に意地を張り合うことで、何となく分かりあった気になってしまう。


お互いボロボロに、ガタガタになって、膝が笑う。

────ああ、後悔だ。

もっと早く、もっと早くに。


「「────ああ、今更だなァ!」」


後悔を胸に

罪を胸に

それでも生を謳歌する。


しかし、訪れる決着。


足を床に沈ませて、前へ。

拳を振り上げて、前へ。

足を踏み出して、前へ。

拳を振り下ろして、前へ 。


「「おおおおおおおッ!!!」」


咆哮する2人の顔面に。

お互いの拳がめり込んだ。


「「──────ぁ。」」


意識が白く、遠のく。

膝をついて、もう立てない。

二人は力なく、床に倒れ付した。








───────





「・・・起きているか、イグニス。」

「・・・くたばっちゃいないか、互いに。」


床に倒れ伏したまま、目が覚める。

倒れてから、何分経ったのかわからない。

だが確かなのは、お互いにボロボロで立てないこと。

もう殺し合いも、喧嘩も、出来そうにない。


「・・・これで、師匠のボケた頭も晴れたかよ。」


イグニスはため息をつく。

もう殺してみせろ────などと、言えるはずがないだろう。

そう、信じたかった。


「────無理だな。」

「は・・・?」


ナオタカの言葉に、イグニスが反応する。

また殴ってやろうか、とか。

そんな風に言ってやろうと思った。

だがもう────


「かはっ」


────そんな風に言える時間は残されていない。

ナオタカから発せられた咳き込む音。

湿った音が、床に響く。

ナオタカの口から漏れた、赤い血。


「─────。」


イグニスは目を見開き、言葉が出ない。

もう、何もかも遅かった。

その証拠が、目の前の光景だ。


「師匠テメェ・・・!」


病か、と言葉が続きそうな言葉。

ナオタカは、ふっと笑い頷いた。

もう治らない病が、ナオタカを蝕んでいた。

いつ時間切れになるか分からない程になってまで、イグニスの力となろうとした。


そしていま、時間切れだ。


「・・・これで善い。」


ナオタカは言う、生涯で最も安らかになる。


「ふざけんなよッ・・・!ふざ、けんなよ・・・!」


もうどうにも出来ない。

この場で助けを呼ぶことは出来ない。

立ち上がろうとする気力もあるが、身体がついてこない。


イグニスは、どうにも出来ない現実が目の前に、また現れたのだと自覚した。


「・・・善い。俺はようやく、"生きる"ことが出来た。」


怨念の塊だった若かりし頃も、衰えてまで剣を教えた日々も、まるで幽鬼のようだった。

そんな自分でも、"人として生きてよかった"のだと、この刹那で感じられた。

もうそれで、救われた。

イグニスがどう思おうと、ナオタカはそれで充分だった。


だから、せめて餞別はくれてやらなきゃならない。


「イグニス。」

「・・・んだよ。」


納得しきれてないというイグニスの態度に、まだ若いなと内心笑い、ナオタカは告げる。


「・・・月光を持ってゆけ。」


目線は、忌まわしき大剣。

だが今は、アレを得たからこうして"心"を感じることが出来た。

未練はあるが、アレの一欠片でも背負ってくれれば、それで善い。


「・・・ああ。」


背負うということ。

その重みに、イグニスは少しだけ言葉に力を取り戻す。


「・・・俺のようには、もう貴様はならんだろう。

安心出来る、心底そう思う。」


きっと、守りたいものでも出来たのだろう。

自分には出来なかったことだ。

羨ましくもある。

そして─────。


「生きる事から逃げるな。」


絶対に忘れてはならない。


「罪と罰を抱いて生きろ、そして何があっても最後まで諦めるな。」


これからの刹那を生きる者へ、絶対に遺したかった言葉。


「────それが、人だ。」


そして、激励だ。


イグニスは頷く。

ナオタカは、ようやく安らかに目を閉じた。

呼吸は聞こえなくなった。






「・・・安らかに、眠りな。」





言いたいことは山ほどあった気がする。

だが言いたいことが浮かばない。

陳腐だが、これで良い。


イグニスの意識が薄れる前に、現世で生涯を終わらせたナオタカにそう告げた。


「・・・諦めねぇよ。」


自分はまだ生きている。

生きているから、諦めない。


帰りを恐らく待っているだろう、あの馬鹿の顔が一瞬浮かんで、イグニスの意識は途絶えた。

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