背徳の紅"第二十話、真実"

「鉤爪の一味、だと・・・?」


イグニスは目を開き驚愕する。

ナオタカの口から告げられた言葉を、飲み込めないでいた。

質の悪い冗談か。

そう思いたかったが、自分の知る師は冗談を口にしない。


「・・・月曜日の洗礼を貰ってはいるが、もはや意味などあるまい。」

「─────。 」


追い打ちをかけるようにナオタカは告げる。

鉤爪の一味であり、曜日の名を冠したのであれば、もはやハッタリ等では有り得ない。


言いたいことが山ほど出来てしまった。

だが、何と言えばいいのか分からない。

何から言えばいいのか。


「・・・何でだ。」

「・・・。」


絞り出すように、質問をする。

もはや、何に対して聞いたのかすら分からない。


「・・・俺にはもう、何も無い。

烈黎を送り出した時には、尚のことそう思った。」


イグニスの兄弟子。刀使いとしてこの道場の門下生だった男は、この道場を離れた。

今は、ただ一人此処にいた。


「・・・話そう。

俺たちが目指す、新世界を。」




────────





この世界は、常に死が、闘争が、苦痛が塗れている。

それを是としなかったのが、鉤爪だと言う。


新世界とは、文字通り現世界とは異なる法則の世界を創造する。

新世界はまだ完成の目処はたってないが、現在作っている。

そして、その新世界の生き方は、死んだ生命の脳に干渉し、記憶を奪う。

奪った記憶で、その人物を鉤爪によって投影する、といったモノ。

そして、その新世界では争うという概念が取り払われるという。

イグニスの両親は、その犠牲者。

数多くの選ばれた人間の一部でしかない。


「─────馬鹿じゃねぇのか。」


絶句の後に、イグニスは絞り出すように言った。

何だそれは、巫山戯ている。

そんなモノの為に、両親は殺されたのか。

勝手に殺す対象を選んで、死を強いて、新しい生き方を強いて────。


「・・・ジジイ、そんな連中に賛同したのか。」

「・・・そうだ。」


重苦しく答える。

本当に、賛同したのか。

それとも、老い先で迷走したのか。


「・・・本当に、人生とは分からないものだな。」


ナオタカは、大剣をとった。

あの月光の刃を持つ、忌まわしい大剣を。


「貴様と、会えるとは思わなかった。」


しかし、復讐を忘れなかった男は"背徳の紅"として名を馳せた。

だからいつか、来るかもしれないという予感がなかったといえば嘘になる。


「貴様が、復讐を全てとしていると思っていた。」


そうならば、最悪殺して、両親に会わせることを考えた。


「・・・だが、そうはならなかった。」


生きる目的を、この男は持ってしまった。

あの頃の復讐鬼はもう、何処にもいない。

されど明確に、鉤爪の一味は背徳の紅にとって敵である。


「────イグニス、俺の望みは。」


だからもう、二度と弟子に引導は渡せない。

もう、罪を重ねて死を強いることはもう出来ない。

このまま終わらせて、安らかに死を選ぶことさえできない。


「俺を、殺してみせろ」


残された道はただ一つ。

成長した弟子に、完成(おわり)を任せること。









「────この馬鹿野郎がァ!!」


イグニスは激昂した。

壁にある、普通の大剣を手に取った。

ふざけている。

本当にふざけている。


行き詰まって、苦しんで、果てに殺してくれと言われ。

イグニスに出来ることは"それだけしかない"と言われた気がして。


「勝手に決めるなよジジイが!

生きろよ!罪と罰を抱いて生きるしかねぇだろうが!!」


イグニスは構える。

きっと本気で剣を振るうのだろう。

瀬戸際に自ら立った剣士が、弱いはずがない。


「────来い、イグニス。

俺に終止符を打て。

証明してみせろ、生きる覚悟を。」


そうでなければ、無駄に無意味に死ぬだけだ。

イグニスの激昂に、ナオタカはそう告げた。

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