背徳の紅"第十九話、地獄"


あれから、3日が過ぎた。


休憩中、イグニスはナオタカの昔話を思い出す。

つくづく、報われない話だ。

"仲間と思える誰か"が居なかった。

だから、1人で走り続けるしかなかった。

それはいったい、どんな地獄だったのだろうか。

想像もつかない。

例えば自分なら、ピースもアルも、コメットもトルエノも、誰もいない状況だろうか。

きっと、そんな想像を遥かに超えるのだろう。

何より、本人が異常だと知らないまま、その地獄を進むということを、想像など出来はしない。

だから、誰も手を引いて助けるなど出来なかったのだろう。


「・・・月光、か。」


道場の奥に飾られた、師匠の大剣を見る。

代名詞とも言われた大剣たが、師匠の口ぶりだと、アレを得てから衰えはじめたらしい。

思わず目を奪われるほどの、神秘的な輝き。

アレがどうして、師匠を狂わせたか・・・違う。

"正気にしてしまったのか"。


「・・・狂気を喪い、覇気を喪い。

じゃあ師匠は、何を糧に生きているんだ。」


懺悔、だろうか。

だとするなら、今も師匠は地獄に居るのだろう。

どうにも出来ない今を、イグニスは歯噛みするしか無かった。




───────




「ごふっ・・・!!」


夜中、何かを吐いた音が砂漠に響く。

地に落ちた赤い液体を、足で砂漠に隠す。


「・・・まだだ。」


老人は、身体に訴える。

ダメだ、まだ倒れるな。

確かに医者にかかるつもりもなく、独り朽ち果てようとした身なれど。

まだ、やれることが出来てしまった今、倒れたくはない。


「・・・"彼"は、どうですか?」


そんな老人に、仮面の男は近寄る。

その老人は、ナオタカだった。

もう長い命ではない。ナオタカも、仮面の男も、分かっていた。


「・・・才能はないが、執念は一丁前だ。

もうじき、完成する。」


口に滲んだ血を拭い、ナオタカは答える。

それを聞いた仮面の男は、表情は分からないが、息を大きく吐く。

ため息なのか、或いは安堵か。


「・・・私たちに、死の時期は関係ない。」

「ああ・・・。」


彼らは、今はそういう存在だ。

いま死んでも構わない。

そういう連中だ。


では、個人ならば?


「それでも、今は死にたくはない。」


ナオタカの言葉に、ピースは頷いた。


「死んでもいい、まだ死にたくない。

どちらも俺の本音だ。

なら────。」


また血を吐いた。

死に絶えるのはいつの日か。

きっと最期は近いだろう。

同時に、今は生きているという証でもある。


「───せめて、伝えるべきことを伝える。

俺が人間らしく、できる数少ないことだ。」


それを聞いた、仮面の男は踵を返す。


「────善き、完成おわりを。」


死を願うのではなく、せめて晴れやかに死を迎えられるように願う。

神にも、運命にも期待するわけでなく、今を生きている誰かに対する祈り。

それはナオタカの耳にも届いたようで、ナオタカも少し笑い、踵を返してその場から、離れていった。




────────


翌日、朝いつものように道場に向き合う。

だが雰囲気がまるで違う。

張り詰めた雰囲気はいつもだが、どうも張り詰めたというより、重い雰囲気を感じる。


イグニスは何かあったのか、と聞こうとする。

だが、それより先にナオタカが口を開く。








「─────俺は、鉤爪の一味だ。」








「─────は?」

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