背徳の紅"第十八話、懺悔"


「・・・"彼"は」

「眠っている。未熟なものだ。」


夜、冷える砂漠で彼らは会話する。

1人はナオタカ。

もうひとりは・・・フードと仮面をつけた男。


「・・・ですが、目を張るものはあった。」

「・・・ああ。」


確認のように仮面の男が言うと、ナオタカはそれに肯定する。

"彼"は未だ、復讐にしか走れない男だと思っていた。

・・・きっと、"何か"を許せずに滅するまで止まらない"同類"だと思っていた。

だが、長い間見なかった"彼"はもう、復讐に走りつつも別の道を見つけていた。

それだけでも─────。


「理性的になった、という話は本当だったようですね。」

「貴様は俺が活動した時期に産まれていないだろう。

だが─────ああ、そうなのかもしれない。」


仮面の男からの言葉に、ナオタカは悔いたように笑う。

もう"かつて"のように、戦うことは出来ない。

あの悪夢で得た光は、決してナオタカに良い導きを示したとは言えなかった。

あの日まで走り続けた"無慙"はもう、何処にもいない。


「・・・"彼"を、宜しくお願いします。」

「ああ、これが俺の・・・最期の師としての仕事になる、な。」


それを最後に、2人は別々のほうを向いて歩く。

そして、もう声が届かぬ距離になり、仮面の男は呟いた。


「────善き完成おわりを。」





───────





「ッ!」


目を覚ます。

見慣れ、懐かしい天井を見る。

気絶からの復帰で、それまでのことを思い出す。


「・・・ちっ」


癪だが、やはり師匠は師匠だったらしい。

確かにあの技を、イグニスは知らない。

しかしアレを我がモノにすれば────。


「ようやく目を覚ましたか。

遅かったのは、貴様が未熟なのか無茶を重ねたからなのか。」


目の前にいたのはナオタカ。

どうやら食事しているらしい。

ふと、窓を見ると明るかった。


「・・・朝まで気を失っていたのか。」

「そういうことだ。」


起きたイグニスに、ナオタカは別の食事を差し出す。


「食え、身支度を終えたら早速始めるぞ。」


そう言われてはさっさと食うしかない。

イグニスは直ぐに食事にあり着いた。




───────




「ッ────くっ!!」

「集中しろ。精度が足りん。」


イグニスが、身体強化を最大限に発揮して一発を打ち込む。

それを何度も繰り返す。

ナオタカはそれを受け止める。


どうやらまだまだ成果は出ていないらしく、連続で身体強化を加減なしでやる為、疲労が直ぐに身体を重くする。


「全身を使うのを前提に、更に主に扱う身体の部位に集中しろ。

それが自然に出来れば重ねがけも容易だ。」

「やれたのかよ・・・!」

「やったとも。真似するなよ、身体が動かなくなる。」


息を整えるイグニスに対し、ナオタカはさらりと恐ろしい体験を口にする。

身体の肉が吹っ飛びそうだ。やりたいとは思わない。


「さあ次だ。相手は待たんぞ。」

「こんの、クソジジイがッ!!」


それはさておき、ナオタカはやはり鬼だ。休ませる気配がない。

逆らったら何が飛んでくるか分からない。

イグニスは悪態をつきながら、鍛錬を続けるのだった。




───────




「・・・ジジイ。」

「何だ。」


初日の鍛錬。

その終わりは、太陽が西に傾いて黄昏時になってようやく訪れた。


「・・・話す、て何をだ。」

「・・・ああ。」


イグニスの質問に、ナオタカは思い出したように反応した。


「・・・俺が戦っていた理由についてだ。」


重い口を、ようやく開いたようにナオタカは語り出す。


「この世の悪が許せなかった。

英雄を志したとか、そういう話ではない。

この世に跳梁跋扈する、塵を潰したくて仕方がなかった。」


ナオタカが、剣をとった原初の記憶。

両親に売られそうになった事により、殺人を冒したことが始まり。

そして、この世の悪を殺すと決めて剣を振るい。

何十年も、この白辰のみで悪を鏖殺してきた。

殺戮の丘で1人立つ。

仲間など、居ても居なくても変わらない。

だから、昔馴染みでも邪魔なら刺した。


「・・・だが、徐々に俺には・・・思考を持つようになった。」


刃が鈍り始めた。

ある日あの刃を得た時を境だろうか。

狂気しかなかった男が、客観視を持ち始めたのか。

己の行いに、罪を感じた。


「・・・俺はもう、"無慙"にはなれない。

だが俺には、刃を振るう以外にやれることはない。」


だから、教える立場になった。

そこに立派な意識など、どこにも無い。

やれることが、もうソレしかなかっただけ。

教える理由を飾り立てることはあっても、結局は惰性でしか無かった。

何よりナオタカはもう、そんな己を呪うことしか出来なかった。


「赦せ、イグニス。」

「あ?」


突然、ナオタカはイグニスに謝罪の言葉を口にした。

目を瞑るナオタカは、言いにくそうにしたが、また口を開く。


「昔の貴様を見ると、かつての血まみれの俺を見ているような気がした。

だから、破門にしたのだろうな。」


"俺と同じ道に歩むことのないように"という言葉で飾って。

罪を認めながら、その罪から目を逸らしてイグニスを追い出した。

かつてを振り返るナオタカはそう口にした。


「・・・別に構わん。」


ため息をつく。

イグニスからしたらもう、その謝罪に意味を持たない。

何より、今こうして教わっているのだし。


「謝るヒマがあるなら、明日も鍛錬させろ。」


過去の事を悔やむのは自由だ、が。

いつまでもソレに引っ張られていても始まらない。

だがそれを言っても通じないなら。

誰かが手を引かなきゃならない。


・・・そう、イグニスにとっては、手を引いてやらなきゃいけないやつがいるのだ。


「・・・ああ。」


ナオタカはイグニスの言葉に、重い返事をするしか無かった。



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