背徳の紅"第十七話、師匠"

イグニスはとある建物を見上げる。

気乗りしない。いったい今更来たところで何を言われるやら────。


「・・・ま、しゃあねぇか。」


ため息が思わず漏れる。

だが行かねば始まらない。

イグニスは観念し、道場の戸を開く。





道場は、変わらず灯りはついていた。

奥で座っている老人がいる。

老体でありながら、衰えている様子は見られない。

後ろには神秘的な輝きを放つ刃を持つ、大剣が飾られている。

間違いなく、アレはイグニスの師であった男"ナオタカ"だった。


「・・・まさか、貴様が尋ねてくるとはな。」


老人の視線はイグニスに向けられる。

眼光は、かつてイグニスが師と仰いでいた時と変わらず鋭いまま。


「何の用だ。」

「技を授かりに来た。」


ナオタカの問いに、イグニスは即答した。

やはりか、と呟く老人はため息をつく。


「復讐、か。」

「・・・。」


問いにすらならない。確認のような言葉に、イグニスは沈黙で返す。

それは肯定以外なんでもない。


「俺と同じ道に、堕ちて欲しくない。

そんな風な事を、言ったはずなのだがな。」


それが、イグニスは分からない。

確かに似たことを言われて破門された。

だがその意味がイグニスには分からない。

かつて復讐を志したことがあったというのか。


「・・・確かに俺は、復讐を諦めたことはねぇ。」


イグニスはそう切り出す。


「だが、俺にはもう1つ。力を得る理由がある。」


それは、イグニスが最近確かに得た理由。


「俺は、帰る場所がある。

復讐と同じように、生きる為に力が欲しい。」


生きていなければきっと、アルは、仲間は・・・コメットは怒ったり泣いたりするだろうし。

あの馬鹿をほっといたら、また無茶をするだろうから。


「─────。」


ナオタカは黙って聞いていた。

一度目を閉じ、薄く開いて立ち上がる。


「いいだろう。」


そう言って、ナオタカは二本の木刀を手に取り、一本をイグニスに差し出す。

受け取る。

まさか、教える気になったのか、と。


「・・・構えろ。」


イグニスはとりあえず、いつものように構える。

ナオタカも構える。

いったい何をするつもりか。


────その刹那、音は破裂した。


「ッ!!!」


イグニスは反射的に防御の構えを取る。

取った瞬間、強い衝撃があった。

何だ、何が起きた?

把握する前に身体は浮き、後ろにはね飛ばされた。


「が─────」


壁に背中と後頭部が衝突する。

防げたが、防ぎきれなかった。

イグニスはずるり、と床に座り込む。

意識がぶっ飛ばされたような気もして、光景が歪んでいる。


「・・・今のが、貴様にも託すはずだった、身体強化・絶だ。」


しかし、ナオタカの声はハッキリ聞こえる。

これが、そうなのか、と何処かイグニスは納得する。


「貴様はこの技を得るまで、此処にいろ。」


此処に泊まりか、コメットの奴は大丈夫だろうか。

早めに覚えなきゃならんな。

意識が薄くなる間に、そんな余所事を考えてしまう。


「・・・話してやろう、この技を覚えた暁に、全てをな。」


興味があるわけではないが、仕方ないな。

それを最後に、目を閉じて意識を失った。

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