背徳の紅"第十五話、女狐"



────女の話をしよう。


その女狐は、産まれながらにして娼婦だった。

露出せずとも隠せぬ色気は視線を浴び、妖しく笑う姿に男はたまらず手を出した。


倫理を抜きにすれば、恵まれた身体、約束された繁栄。

不自由なく過ごせるだけの成果はある。

だが女は言った───自由がない。


自由を求め飛び立つも、彼女は斬られ意思という羽根をもがれた。


傷を残した女狐は堕落した。

そんな女狐に、ある男は甘言する。

─────平和な世界を与えよう。

与えられた役割は、次世代への繋ぎ。

素晴らしく恵まれた環境。

素晴らしく的確な役割。


身体を重ねる回数はついに忘れ、能力を活かして狐は踊る。


───大切なことを、ずっと忘れたままのような。


そう思った瞬間、身体を重ねる度に満たせなくなっていった。




─────────




白辰には来たが、ひとまずは宿に泊まると決めた。

イグニスは受付を済ませて、バーに寄る。

情報収集を期待してではないが、じっとするのも退屈だった。


「・・・暇だな。最近が慌ただし過ぎたのか。」


鉤爪の一味との大立ち回り。

治療された後のコメットとのやりとり。

暇だった時が最近無かったことに気づく。


そういえば、コメットは今はちゃんと飯を食ったり寝たりしているのだろうか。

そう思うと不安になって来た。

しかし今更帰る訳にもいかず、酒を飲む。


「あら、それはいけませんわね。」


思考している途中、隣に狐の獣人が座る。

しかし、どこか妖しい雰囲気を感じる。

まるで、娼婦のような。


「・・・あら、警戒されますか?

名乗らずとも、やはり匂いと雰囲気は隠せないようですね。」

「悪いが"そういうの"は受け付けねぇぞ。」

「あら、"寝て"くださらないのですか?残念です。」


そう言う割にはくすくす笑う。

こちらは笑えない。

あわよくばこっちが食われている。


特別露出のある服ではなく、所謂"和服"。

水色の髪で清らかで包容力のある見た目だが、濁った瞳と妖しい雰囲気で台無しだ。

他人はギャップとか言うのだろうが、イグニスにとっては欠片も興味が湧かない。


「────ああでも、夢をみせれば。」


もう一度妖しく笑う。

一瞬、彼女から魔力を感じた。

イグニスはそれに反射的に反応して────


「────悪いな、悪夢はもう満席だ。」


机と椅子で見えないように、護身用ナイフを女狐に突きつける。

女狐はイグニスを"夢"で催眠するつもりだったが、このままでは誘う前に刺されて死ぬだろう。


「・・・仕方ありません。

強引な勧誘は私の担当ではありませんからね。」


目を閉じ、魔力を収める。

地味に密着しようとしていたらしく、女狐は少し距離を取る。


「先程はご無礼を。お詫びに名乗りましょう。

名をアクシオ。いいえ、こう名乗るべきかもしれませんね。

新世界の為の洗礼名、"ウェンズデイ"と。」

「・・・鉤爪の一味か、テメェ。」


マグナとレイゴルトの例からすると、恐らく曜日のつく洗礼名は、鉤爪の幹部なのだろう。

つまり、このアクシオも例外ではないはずだ。

イグニスは酒を飲み、質問する。


「"鉤爪"の一味が何の用だ?」

「言いましたよ。勧誘、と。」


即答し、笑みを浮かべアクシオは話を続ける。


「以前、"火曜日"を倒されたせいで、幹部のひとつに空席が出来てしまいました。

せっかく貴方は"火"ですし、貴方なら適任だろう、と仰せつかっています。」

「・・・テメェ、俺が何者か分かってて言っているのか。」

「ええ、理解しております。」


だとするならバカバカしい。

なぜ鉤爪に対し復讐しようとしている男を勧誘しよう、となるのか。


「答えは決まっている。

此処でなけりゃ、今すぐお前を殺していた。

今すぐ消えろ、死に場所くらいは選びたいだろう。」


そう言われたアクシオは立ち上がる。

観念したか、いいや違う。

何かあるようで、妖しく笑う。


「予想通りですわね、ええ。

ですから、札を一枚切りましょう。」


イグニスにのみ聞こえるように。

しかしハッキリ聞こえた。


"────ご両親に、再び逢えるとしてもですか?"


一瞬イグニスは硬直し、振り向く。

そこにはもう、アクシオの姿はなかった。


「・・・ちっ。」


両親に逢いたいとかそういう訳では無いが、有り得ないような話をされ、硬直してしまった自分へ悪態をついた。

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