背徳の紅"第十三話、朝食"
アルは、イグニスとコメットが寝静まった夜。
研究室に入り、あの拳銃に込められた弾丸をくすねた。
いつもならちゃんと夜は寝ると決めてあるアルだが、その日は夜更かしして、弾丸を解析した。
「────ふざけるなよ。」
第一声はソレだった。
冷や汗が垂れ出る。
こんなの、焦らないほうが可笑しい。どうかしている。
「毒で殺すにしたって、こうはならないだろ。」
高濃度の毒。
人間は愚か、人外であってもタダでは済まない。
あの時もし、引き金を引いていたとしたら────。
「・・・はぁ、イグニスおまえ。
大変だぞ、これから。」
頭を抱える。
友人として協力は惜しまないが、前途多難であることには、覚悟が必要と感じた。
───────────
「・・・先に起きたのは俺か。」
イグニスが目を覚ます。
見渡せばあの研究室。
正直ベッドで寝た時よりは目覚めが悪いが仕方ない。
「・・・飯、用意するか。」
どうせ食わないだろ、こいつと考えて立ち上がる。
さて、食堂に頼みに────と外に出る前に。
「・・・昨日からかけてやりゃ良かったな。」
何も布団らしきものもないまま眠っているコメットを見て、あることをしてから研究室を出た。
────────
「・・・ぅん。」
コメットが目を覚ました。
視界はぐらつき、正常に戻るまでじっとする。
その間に今の状況を確認する。
いま、コメットには布団替わりの紅いコートがかけられていた。
イグニスはいま、この部屋にはいない。
「・・・あいつの。」
ひとつ、ため息を吐いて、立ち上がろうとした。
が、足元が覚束無い。
これでは返しにいけない、と判断。
なので返すのは後にしよう、と決めたその時だった。
「起きたか。」
考えてるそばから、イグニスが入ってきた。
紅いコートがないので、見慣れない黒い服になっている。
「・・・手間が省けた、返す。」
「・・・ん。」
「お前、もう仕事だろう。行っていいぞ。」
コメットはコートを差し出し、イグニスは受け取る。
コートを着直す間に、コメットは研究室内のいつもの椅子に座る。
「此処にいる。」
「は?」
イグニスの言葉に、コメットは間抜けた言葉で嫌そうな顔をした。
イグニスの心境としては、そんな雑に扱われては腹が立つし、放っておかないと決めたばかりなのだ。
とはいえ、確実にお節介を吹っかけられ、ることがもう分かっているコメットには嫌な話だ。
「仕事は。」
「折れたから無理だ。アルが作るのを待つ。」
「じゃあ自室行けよ。」
「理由がねぇ。」
コメットから発せられる言葉にイグニスはコンマすら挟まず返答するものだから頭を抱える。
強く言葉をぶつけてやろうとコメットが口を開く。
「此処にいる理由だって─────」
「砂糖ふったトーストを用意したが。」
「食べる、よこせ。」
無念かな、甘い物には、叶わない。
コメットの心の川柳である。
イグニスの心境というと。
"なるほど、こう釣ればいいんだな"
完全に甘いもので釣る、という手段に味を締めていた。
────────
「で、どうしてこうなった。」
あのまま流れでイグニスは朝食らしきものを運んできた。
机にあるのは
砂糖ふったトースト
レタス
スクランブルエッグ
牛乳
「・・・多い!! 」
「いや、これくらい食えよ。」
机をバン、と叩くコメットに、イグニスはジト目で返した。
イグニスはため息をつき、仕方ないと言いながら、全部半分に分け始めた。
「・・・トーストだけで」
「テメェ甘味中毒かよ。」
甘えたことを言うコメットに、またもコンマ挟まずイグニスが突っ込んだ。
実際甘いものを燃料に生きてるような女らしい。
是非とも是正しなくては。
「お前がトーストだけ食って終わった瞬間、拘束して食わせるぞ、身体強化でな。」
「なんでそんなことする!!横暴なのは良くないぞ!!」
「患者が拒否ってんのをガン無視して治療して、痺れ毒刺して、あまつさえ自分に銃を向けて、更に食事も睡眠も取らんガキが横暴だろ。」
「俺はいつもと変わらん!!」
ギャーギャーと抗議するが一切聞き入れる様子はない。
「ナチュラルにやってるのか。喜べ、独裁者の才能があるぞ。」
「いや、他はちゃんとだな・・・。」
「ちなみに独裁者は忙しいらしい、同類だな。
さ、食え。」
容赦なく、全部半分にした朝食をコメットの前に置く。
「おい、トーストは半分じゃなくていいから。 」
「ち、誤魔化されなかったか。」
「それだけは譲らん!」
トーストだけは1枚分にしてやる。
なら食べてくれるか、と思ったが甘かった。
コメットはトーストだけを持って、下がる。
トースト以外食ってなるものか、という強い意思を感じる。
しかしながらイグニスも譲れない。
「食えよ。」
「嫌だね。」
「嫌いか、スクランブルエッグ」
「ことわる。いや待ってなんか怖いぞやめろ。」
「知るか、食ったらこんな真似はせん。」
「そうか、トーストだけは食ってやる。」
「身体強k 」
「嫌です。」
イグニスは机ごとコメットに迫り、コメットは下がる下がる。
お互いが断固として譲る様子もなくそのまま追いかけっこになり、ついに─────
「あ。」
どん、と。
隣の机と目の前の机を寄せて逃げ場を無くした、王手である。
「くっ、これが巷で噂で話題の壁ドンっ・・・!なんて恐ろしいんだ!」
「んなクソみたいな壁ドンあってたまるか。 」
「えっ、違うの?」
こんな壁ドンで始まる恋とか知りたくもない。
というか、そんなボケやるんだな、とイグニスは内心感心してたりする。
「とにかく食え。」
「お前が食えばいいだろう。そのでかい図体ならしまえる分の腹はあるだろ。」
「知らんな、お前のぶんだ。食っとけ。」
食べないことに関しては一切聞き入れない。
イグニスは腕を組み、足を机に乗せる。
「このやろ・・・!」
「クロヴィスにチクられてぇか。食わなけりゃ上司も黙ってねぇだろ。」
「・・・仕方ねぇ。」
コメットから机を押すという抵抗もあったが、上司にチクられ面倒になりたくないのか、観念して食べ始めた。
「・・・身の振り方を考えるのはお互い様、か。」
「どゆことだよそれ。俺には関係ない。
仕事やればホルストは喜ぶし、クロヴィスの仕事も減る。
けが人も治る、俺は使われて良いことだらけじゃないか。」
それを聞いてイグニスはため息をついた。
「あれだけ言われて自覚なし、か。
なんだ、お前の頭には自覚出来ないフィルターでもあるのか。」
「はぁ?かかってたとしても、これでいい。
俺には─────・・・いや、いい。」
コメットは何か言いかけたが、途中で止まり、割と直ぐに朝食を食べ終えた。
「かかっているから、それで良いと感じるんだよ。因果関係を違えるな。」
「別に構わん、どうせ・・・。」
イグニスは机を直しながら言う。
なにか言いたげにするコメットだったが、言葉は続かない。
「言ったはずだ。お前は俺がアレだけ拒否したにも関わらず手を出した。
逃がしてなるかよ。望みの終わりを迎えられると思うな。」
食器を手にして、ドアからイグニスは出ていく。
少なくとも、これで終わる気配もない。
今後もお節介をしに来るのだろう。
それに対する気持ちが自分でわからない。
ただ、言えることは─────。
「・・・厄介なの、助けたかなぁ。」
見送りしてから呟く、ただ一言だった。
───────
「・・・まるで動じない、か。
妙だな・・・普通は省みるモンだが。」
廊下、イグニスはぶつぶつ呟きながら歩いていた。
先程のコメットとのやり取りが、やはり妙だった。
頭にフィルター、というのもあながち間違いじゃないのかもしれない。
「・・・暴いてやる。」
放って置かないのだから、当然イグニスは決意する。
あの頑固さの正体を、必ず暴くと。
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