背徳の紅"第十話、黄金"

────ある日、激しい豪雨だった。


夜は更け、周りは何も見えやしない草原で。

イグニスは歩いていた。


雷が一つ落ちた。


「─────。」


人影が見えた。

誰が居るかは分からない。

ただ、圧倒的な覇気を感じたゆえに、足を止めた。


「────イグニス=クリムゾン、か。」


視線の先の人影が、近づいてくるのがわかる。

そして、目の前にいる"誰か"から質問されたのがわかる。


「・・・だったら、なんだ。」


一度歯を食いしばり、答えになってない返答をする。

顔が見えてきた。

あの服は"帝国軍"の服。

それだけならば良かった。


だがあの覇気、あの顔。

まだ小さい頃、その名と顔は多くの者に轟いた。

そして、15年前に消え去った名前。

間違えようがない。


「おい、ふざけるなよ。」


思わず口に出てしまう。


「レイゴルト=E=マキシアルティ・・・"英雄"だと・・・!?」

「今は、俺にその名を背負う資格はない。

要件はお前だ、背徳の紅。

俺たちの贖罪が為、鉤爪の一味の一人である俺が、お前を斃す。」


イグニスは目を見開く。

"鉤爪の一味"と言ったか。


「・・・知らなかったな。死んだはずの英雄は、新興宗教にお熱か?」

「さてな。どう受け取っても構わない。

ただ、確かなことはある。」


英雄は虚空に手を伸ばす。

そこにはいつの間にか直剣がある。

黄金の刃は荘厳な輝きを見せる。

この剣は、彼自身の決意でもある。


「俺はお前を倒さねばならない。

お前は俺を倒さねばならない。

そうだろう、背徳の紅よ。」


イグニスは舌打ちした。

覚悟を決めて、大剣を抜く。


踏み込んだのは─────同時。


身体強化にて限界を超えた脚で、大地を踏みしめる紅。

魔族の異常性をそのままに、大地を駆ける黄金。


盛大な金属音と共に、刃は交わった。

一合、互いに譲らず。

二合、三合、繰り返し打ち合う。


異次元のような打ち合いは、まるで音は遅れてやってくるような。


全てが死に直結する熾烈な打ち合い。

それは一旦、互いが弾かれて下がったことで止まる。


「クソっ、生きた心地がしねぇな・・・!」

「見事だ。背徳の紅と呼ばれるだけはある。」


息を整えて構え直す。

戦士ならば、再び打ち合うか。

その予測は外された。


「それでも────"勝つ"のは俺だ。」


英雄の切っ先から放たれたのは、黄金の輝きのままに放たれる光線。


「─────ッ!!」


咄嗟に大剣で防御する。

威力、弾速、共に脅威。

防御すれば一歩下がらざるを得ない。


「野郎・・・ッ!」


だがそれは、英雄にとっては必殺ですらなく。

当然のように、二発目、三発目と、光線を放つ。

それを身体強化で、無謀にもイグニスはくぐり抜けてみせる。

刃を届かせなければ、意味が無いのだから。


「来るか・・・!」

「逃がすかッ!」


戦いは再び近接戦闘に移る。

英雄の剣技に、イグニスは身体強化を交えて死に物狂いで食らいつく。


(見事だ。仕留めるならば、やはり────。)


刃を交える中、英雄は思考する。

英雄の思考に応えるような事が起きた。


『────解放しなさい、許可します。』


声が、この豪雨の平原で響いた。


「─────。」


イグニスの目が見開く。

あの声は、知っている。

忘れるはずもない。

忘れたくもない。

誰よりも、何よりも、この手で殺したい男


「何処だッ・・・!鉤爪ェェエエ工ッ!!!」


豹変した。

怒りに狂い、歓喜に狂い。

顔は、目を見開き口角を上げた、あの狂笑を浮かべていた。


「・・・良いんだな。」


英雄は一応の確認を取る。


『ええ、歓迎は手厚く行いましょう。

枷を外しなさい、フライデイ。

そして、クリムゾン家の生き残り、イグニス君。

君を迎えに─────』


「────与太話をしに来たんじゃねえ!」


穏やかに、慈しむように、嬉しそうに、仇の男は言葉を語る。

イグニスは怒りのまま、それを遮る。


「俺はテメェを殺しに来たんだ!!

それがァ!今まで俺が生きてきた意味だ!!」


その姿を見た英雄は一度目を閉じる。

殺意が段違いの彼を見て、今一度、己の覚悟を確認する。


「────理解した。

お前は俺が全力で斃すべき敵だと。」


─────"稲妻のような悪寒を感じた"


イグニスの視線が、弾かれるように再び英雄に向く。


「契約者の意向に基づき、封を解く。

────星の裁断者スフィアパニッシャー


英雄の覇気は最高潮に。

隠れた左目は、赤く輝く。


互いが"アレは最大の邪魔だ"と認識した。

故にやるべきは、全力を以て排除すること。

大地は抉れ、互いが衝突した。


「邪魔だァァァ!!」

「ふっ・・・!!」


互いに音を残し、刃がぶつかり、火花と風圧を起こす。

英雄の身体能力は先ほどとは比較にならないほど向上し、イグニスもまた怒りを燃料に食らいつく。

破裂したかのような轟音は、豪雨の音を征するかのよう。


「創生せよ、天に示した極晃を────我らは煌めく流れ星。」


異次元のような攻防。

何度も打ち合う決死の死合の最中、英雄は詠唱を紡ぐ。


「ッ、ぐ・・・!」


英雄はワンテンポ遅らせ、イグニスの一撃を回避し、大振りで英雄は横薙ぎする。

防御したイグニスは、大きく後ろへ下がる。


「────な。」


イグニスの視線の先には、英雄の剣の切っ先から今にも溢れそうな、黄金色の魔力。

戦士としても、下手を打てば魔術師としても、規格外にして、英雄の代名詞。



「─────天霆轟く地平に、闇はなくガンマレイ・ケラウノス



それは誰もが恐れた必滅の光。

裁きのような魔力光線は、咆哮を上げてイグニスに迫る。


「ッッッ・・・!!!」


言葉にもならない。

大剣にて防御の構えを取る。

必滅の光は大剣に衝突し、決して譲らぬと歯を食いしばり、大きく後退しながら耐えていく。


「は─────!」


必滅の光は受けきった。

息を吐き、視線を英雄に向けようとした。


「・・・終わりだ、背徳の紅。」


遅かった。

二度、大きく距離を取ったというのに、もう剣の間合いに入られていた。

体勢が大きく崩れたイグニスは、なし崩しで大剣を使い防御する。


「───ぁ」


黄金の剣は、大剣を真っ二つに斬り裂いた。

必滅の光を受けきった時点で限界だった大剣は、最後に黄金の剣で破壊された。

そして、黄金の剣はそのまま、イグニスに対して袈裟斬りした。


豪雨の音がまた、主導権を握る。

斬られた箇所から溢れる鮮血を、雨が流し去っていく。


「が、は・・・ぁ・・・」


背徳の紅は倒れた。

英雄は、大きく息を整える。

勝負を制したのは英雄だった。


「・・・終わったぞ、カルロット。」

「見事でした、が・・・どうやら時間が無いようですね。

"誰かが近づいています"」

「・・・すまない。」

「構いません。後の楽しみが増えました。」


2mを超えた男は、ようやく姿を現した。

英雄はその男と会話をして、踵を返して去ろうとする。


────その時


「まだ、だ・・・!」


背徳の紅は立ち上がる。

死んでいない、殺せていない。

仇を目にした彼は狂笑を浮かべる。

流れている血に濡れた彼は、まるで悪鬼のように。


「─────。」


英雄は目を見開く、また剣を取ろうとする。

瀕死のはずだ。なのにまだ立って、笑うのか。

ならばもう一度────。


「退きますよ、フライデイ。」

「・・・承知した。」


鉤爪の男の言葉に、英雄は承諾して剣を引く。

二人はすぐさま走り出し、その場から離れて去っていく。


「ま、て・・・おれは、ま、だ・・・────」


去っていく2人を追おうとするも、身体がもうついて行かず。

背徳の紅は、今度こそ糸が切れたように倒れた。


激しい攻防を隠していた雨は徐々に止んでくる。

雲も晴れ、やがて夜空から月光を照らす。

隠されていた平原は、焼き焦げた跡と小さなクレーターが無数に出来ていた。

その光景は、度を越した化け物たちが戦っていたことを知るには充分だった。


その光景の中、倒れている背徳の紅に、ゆっくり近寄る少女がいた────。

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