背徳の紅"第九話、慈悲"

「おや、これは困った。」


とある地、とある部屋にて、それは起きた。

2mを超える巨体の男は優しく笑うが、同時に困ったように首を傾げる。


目の前にいるのは、武器を完全に破壊された、男を殺しに来た暗殺者。

顔は怯えきって、ガタガタ震えて尻もちをついたまま見上げる。


「参りました、私は争いが嫌いだというのに。

ああそうだ、ハグをしましょう、仲直りのね。」


いい事を思いついた、と満面の笑みを浮かべる

ゆっくり歩み寄る、怖がらないでというように。

しかしそれは、返り討ちにあった暗殺者からすれば恐怖でしかない。


「私は貴方を愛しています。ですからどうか、私に協力して欲しい。

豊かで、平和な世界にするために。」


ダメだ、逃げろ、殺される───本能からの危険信号が暗殺者の中で出ているのに。

逃げられない、脚も動かない。


そしてついに、ゆっくり暗殺者の背に手を回し


"力の限り抱きしめた"


骨が折れる音がした。

肉が潰れた音がした。

何より、"肉を裂く音"がした。


何故ならその右手には鉤爪があったから───


「───ああ、またやってしまった。」


呑気に、熱烈なハグにて物言わぬ肉塊になったモノを見て、そう言う。


「ですが、いい機会でした────さあ、行きましょう。」


まるで、そこに居るかのように、慈しみを見せつつその鉤爪を頭に───




─────────




コメット・ホウプスはワーカーホリックである。

自身で研究をし

誰かを自分の命を削って傷を癒し

必要以上の仕事をし

また誰かの仕事を奪う


そんな事を繰り返し、咎められても、やめる気配はない。

半分諦めたものも、諦めず声をかけるものもいる。

それでもコメットは、強迫観念に突き動かされているかのように止まることがない。


今日も例外なく、コメットは研究材料を弄っていた。

そんな中、ドアのノック音が響く。


「・・・ん、入るがよろし。」


コメットはまた誰か客でも来たのかと、研究機材を弄ったまま返事をする。


「来てやったぞ」

「・・・無傷か。」


入ってきたのはイグニスだった。

イグニスが出発前にコメットと約束していることがあった。

帰ってきたら、コメットの所に寄れと。


コメットはイグニスを見て、一瞬目を見開いて、ため息をついた。


「相性が良かったみたいで、な。

今必要なのは・・・どうやら身体を休めることらしい。」

「はぁ・・・お前は。」


身体強化による負荷があったのか、若干足取りが重い。

それに気づいたのか、コメットはまたため息をついて、ぴょいっと椅子から降りて裾を引っ張る。


「引っ張るな、たく・・・」


振り払う気力も無いので、コメットに引っ張られるまま、最終的に椅子に座らせる。


「・・・身体強化か、アホ。

無理やり身体能力の限界を更に上げようなんざ、バカのすることだ。」

「・・・だからテメェが言えた話か。

あと完全に回復する必要はない、少しなら寝てりゃ治る。」


コメットは身体に手をかざし、体力の回復をし始める。

コメットの言葉にイグニスも文句を言いつつ、今はおとなしく治癒を受ける。

逆らったら後で面倒なのだ。


「なんのことだか。

嫌がらせだとでも思え・・・ほら、おわったぞ。」

「とんだ嫌がらせだ。人の嫌がることはするな、と言われなかったか?」


コメットは手を退け、自分の椅子に座り直す。

イグニスは立ち上がって、適当に見繕った紅茶の茶葉が入った袋を置く。

本人からすれば、身体を犠牲にして治癒される事は自分の勝手にやっていることに首を突っ込まれることに等しいので、何かしら報酬はやらないと気が済まない。


「・・・ん?おい、わざとらしい落とし物されても。」

「報酬だ、無償でやられちゃたまったもんじゃない。」


イグニスの表情からは言わなきゃならんかめんどくせえ、というのが出ている。

甘いモノをやるのも、宝石をやるのもガラじゃないという事で、最近ハマっている紅茶に落ち着いたらしい。


「あぁ、そゆこと。なんでそんな顔するのかは知らんが、まぁ土産としてもらおうかな。」

「ったく、なんで俺なんざの為にお前が疲れなきゃならん・・・。

寝るなら早いとこ寝ろよ、アルに突られたら面倒だからな。」


疲れたようにイグニスは溜息をつき、席を立つと、扉のドアノブに手をかける。

今後は遠慮願いたいと思いつつ、ドアノブを捻る。






「─────償いを復讐に変えた、お前にはわからん。」







「あ・・・?」


イグニスはコメットが何か呟いたように聞こえて振り向く。


「お前が断ろうが、これが俺の本業だから気にするなと言ったんだ。

これからもお前も何かあれば見つけ次第嫌でも治す。」


そう言うことは言ってなかった気がしたが、ひとまずはイグニスが納得する。


「ち・・・勘弁しろ。」


どちらにせよ鬱陶しい。

ただ、それ以上に身を案じてしまうから、つい舌打ちする。

イグニスは悪態をつきながら、ドアノブを捻り、外へ出る。

内心───今度から悟られないように出て行ってやる、と決意しながら。











「・・・はは、たとえ悟られないようにしても、無駄さ。」


資料を置く、あらゆる記録がある。

群のメンバーの、記録さえも。


「────誰だろうと、治す。」


この生命つぐないが、尽きるまで。

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