背徳の紅"第八話、神罰"

「─────早かったですね。」


教会で、連続殺人事件の犯人・・・マグナは待っていた。

予見していたように。

いつかはバレるとわかっていたかのように。


「全て、お話しましょう。

では、此方へ。」


そう言いながら、昼間では見かけなかった地下への階段を降り始めた。


まるで誤魔化すつもりもない。

むしろ、自分から追い詰められているようにも思える。

わざわざ地下に案内するなど。


「・・・貴方と対峙すること、それはもう宿命づけられていました。」


やがて、地下の広い空間に出た。

その中心に立ったマグナは振り向く。


「それが、早まっただけのこと。

今こそ、我が名を名乗りましょう。

"あの方"が創造する新世界を信仰する者たち、その幹部。

─────マグナ=オブ=チューズデイ、と申します。

名の通り、"火曜日"の洗礼を授かっています。」


礼儀正しく、頭をさげながらそう言った。

態度は変わらず、しかし連続殺人事件の犯人とわかれば、印象はまるで違うものになる。


「・・・何故、殺した。」

「何故?異なことを。

我らが創りあげる新世界。そして、その神(あるじ)を侮辱すれば、神罰は必然です。

どの道、彼らは相応しい人材ではなかった。新世界にすらたどり着けず、終わる命だった。

選ばれた命こそ、"聖書"に"記録"される。」


そう言いながら、マグナは一冊の本を取り出す。

助けたあの男の家にあった、焦げた本に似たモノだった。


「・・・それが"聖書"か。"記録"とはなんだ。」

「順にお答えしましょう。これは聖書ではありません。

神罰の為の、執行道具ですよ。

そして、街の人々が言う連続消息不明事件に使われた本は、その代行。」

「神罰、代行だと・・・。」


マグナは笑みを浮かべたまま、本を開く。

燃えていないのに、本は赤熱しているように見える。


「この世の生命は未だ、全て赤子でしかない。

新世界を理解できないのは道理、是非もありません。

────しかし。

侮辱することはあってはならない。

神罰を受けるが道理でしょう。」


慈しむ笑みは、傲慢なモノだと嫌でも理解させられる。

総ての生命を見下した目線は、新世界は偉大であり進化であると、盲目にさせている。


「新世界に選ばれずとも、現世界における自然の責苦から解放されたのです。

光栄だと思うべきだと、私は思いますが。

貴方は違うのですか?」


そんな問い、最初から答えは決まっている。


「イカレてやがる。そんなもん、クソ喰らえだ。」


その答えに、マグナは笑みを深める。


「やはり"あの方"が言うように、イグニス=クリムゾンとは対峙する運命。

────"あの方"に仇なす"背徳の紅"。

貴方の"記録"についての質問、お答えしましょう。


"断罪されれば、いずれ理解できます" 」



マグナの持つ本から呼び出されたのは、大量の溶岩人形。

数は20はあるか。

イグニスは大剣を抜き、走り出す。


性能スペックに変化はない。

溶岩人形を斬り捨てて、召喚する傍から殲滅する。

しかしこれは対人戦闘。

溶岩人形と戦う間に、マグナは距離を取ろうとする。


「ちっ・・・!」


何か企んでいるのか。

そう思案する直後、答えはマグナから出た。


「断罪の焔よ、永遠たれ。」


マグナから発せられる詠唱。

神罰の書から、焔が吹き出てくる。


「我こそは、罪を裁き、安らぎを与える獣

現れよ─────」


マグナの前にソレは形となって召喚される。


「────神罰獣・ブラスター。」


大型の熊ほどの大きさを誇る、マグナと焔を身にまとった、犬のような怪物。

それは咆哮をあげて、誕生した。


「この獣から溢れる焔に耐えられる武器などない!強靭かつ俊敏!触れられれば貴方も燃え尽きる!まさに!戦士である貴方への神罰だ!」


神罰獣は口を大きく開き、焔を収束させて熱線を吐き出した。

イグニスは大剣での防御を確信する。


「無駄だ無駄だぁ!たとえ質量のある武器でも、神罰獣の敵ではない!」


事実、武器である剣、或いは盾ですら灰も残さぬ焔のはずだ。

それをあろうことか、イグニスは大剣で防御する。

光と剣は衝突し、あたりが眩く視界を奪う。


「やはり!私こそが裁き!"あの方"の代行者だ!ふふっ、あはははははは!!」


本性を剥き出しにしたマグナは、勝利を確信して笑い狂う。

獣の裁きは終わり、光が収まっていく。


「────勝手に殺すな、ケダモノ野郎。」

「な、に・・・!?」


マグナは目を見開き驚愕する。

そこには、剣に傷もない、身体に怪我もないイグニスが居た。


「馬鹿な!神罰の焔だぞ!武器や防具ならば、宝具や精巧な錬金術でなければ─────!」


マグナはそこまで言って、ひとつの情報を思い出した。


「アルトゥール=ゲオル=パラケリアぁああ!!!

あの錬金術師か!あの女め!我が主の威光から逃げたアバズレがああ!!」


マグナは発狂する。

アルを勧誘しようと追っていたが、"手の届かぬ場所へ逃げた"。

更に、イグニスとアルは知己の仲ということも。

その情報をマグナは思い出した。


しかし、怒りを見せたのはマグナだけではなかった。


「────テメェ、なんて言った。」


マグナの証言は仲間を追っていた一味の1人である、と最早自白しているも同然だった。

主は"鉤爪"だと。


であれば────赦しはもう何処にもない。


「あの女め・・・!この男を断罪した暁には────」

「喧しい、今すぐ死ね。」


イグニスは身体強化を用いて、床に小さなクレーターを描き、神罰獣に向けて突撃する。


「馬鹿め!焔は防げても、獣の強靭な肉体に敵う人間など────!?」


その予想を覆すのは二度目だろうか。

枷をつけた、一般的に戦闘向きと呼べるだけの実力を持つ魔族ですら、その神罰獣を相手に拮抗するのは難しいはずだった。

だが、獣の爪とイグニスの剣は拮抗する。お互いが退く様子もない。


「ならばッ!これは追えまい!!」


獣は強靭であり、また俊敏である。

マグナの指揮により、イグニスの周りを疾走して追い詰めようとする。

そして獣は爪と牙と焔を用いて襲いかかる。


「しつけぇな・・・!」

「・・・ッッッ!!!」


"それにすら"背徳の紅は追いすがる。

瞬発力には瞬発力で。

力には力で。

焔には剣で。

イグニスは身体強化と剣の業にて、神罰獣と拮抗────否。


「────バカなッ!爪が!?」


神罰獣の爪は砕け散る。

拮抗どころか、優勢だった。

アルが造った最高傑作の大剣"ブレイズ・ディザスター"による一撃のすべてが、神罰獣の力を削いでいた。


「そろそろ、終いだッ・・・!」


最後に、イグニスは縦に神罰獣を斬り裂いた。

斬り裂かれた神罰獣は、幻のように消えていく。


「あ、あああ・・・!」


切り札だった、神罰獣・ブラスターを喪ったマグナの戦意は完全に喪失していた。

初対面から見せた優しい笑みも、本性を剥き出しにした表情も、もう何処にもない。


「・・・答えろ。アルを追わせた、お前の主は"鉤爪"だな?」


大剣を向け、質問する。

それにマグナは息を飲み、目をそらす。

答えはしないが、もう答えたようなものだ。

念を押して答えさせたかったが仕方がない。


「言う、ものかッ!」

「あ?」

「貴様らを断じて!あのお方に触れさせるものかッ!」


もう無駄だというのに、マグナは最後まで信仰に殉じる。

それに少しの感心を覚えはした。


「そうかよ。」


────で、それが?だから殺す


微塵の躊躇もない。

仲間を狙ったことに対する怒りが何より優先された。

よって────


「がっ・・・ぁ・・・」


容赦なく、大剣にてマグナは貫かれた。

大剣に貫かれた人体、助けは誰もいない。

もはや助かる道理はなく


「も・・・しわ、け・・・あ、り・・・ま、せ─────」


途切れ途切れに言葉を発し、狂信者は息絶えた。


イグニスは大剣からマグナを振り落とし、背中に担ぐ。

神罰の書は、執行する者が死した為か、燃え盛り消えていく。


燃えた火は、壁や天井を伝い燃え広がる。

最初から、そう定められていたかのように。

イグニスは周りに見つかる前に、炎に巻き込まれる前に、この建物から脱し、真っ直ぐに街を出た。


・・・やり残したことはない。

総ての真相が知られることはないだろうが、ともかくこの街の事件は解決した。



──────



マグナがいた教会は全焼した。

あの街にとっては、前例にない火事だったが周りに燃え移ることはなかった。


イグニスが去った後、連続消息不明事件ではなく、連続殺人事件である事が判明した。

イグニスから情報を流され、意気揚々とした男が、新聞屋に話をした事をきっかけに。


死体はなかったが、他に候補もなく、流れで犯人はマグナと新聞に載せられた。

鑑定された死因は自殺。

何があったかなど、第三者には分からなかっただろうから、仕方ないことだった。


それから、情報を話した男は一時期街のヒーローとされた。

しかし、やはり傲慢な態度が反感を買ったのか、評判はすぐに地に堕ちたという。


神罰を受けたのは、どうやらマグナだけでは無かったようだ。

恐らくそんな結果など、慰めにもならないだろうが。

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