背徳の紅"第五話、友情"
身長は2m程の男が、ある人物からの報告を聞いて笑みを浮かべる。
心底嬉しそうに、鋼鉄の右手をうごめかせて。
「イグニス=クリムゾン─────素晴らしい。彼の心の中では、未だ大切な両親は生きている。
捨て置けませんね、あの時に手を差し伸べるべきだった。」
温厚な言葉を述べながら、右手の"鉤爪"を見つめる。
「本当に大きくなって─────必ず、お迎えに上がります。」
────────────
群の施設内にある休憩室。
イグニスは椅子に座り天井を見上げている。
あの後、アルの治癒を受けつつ養成していた。
「・・・未来、か。」
復讐を終えた先、考えるべきだなと思いつつ、何もわからない。
そうそう命を他人の為に張るつもりもないのに、それが眩しくも思う。
関係ない奴の未来を奪うつもりはないと言いつつも、答えは見つからない。
「盛大に堪えたようだな?」
背後から嫌になるほど聞いた声が聞こえた。
「・・・アルか、茶化しに来たか?」
「まさか、見てらんないからフォローしに来た。」
イグニスの隣にアルが座る。
笑みを浮かべているが、雰囲気は真面目だ。
「なあイグニス。どうなんだ此処は。」
「・・・悪くない。」
「だろう?」
そこで一度区切る
「・・・ここにいる奴らの未来は奪いたくない。少なくとも巻き込みたくはねぇ。」
「・・・だろうな。」
イグニスから出た言葉に、アルは納得したように頷く。
情を得てしまったのだから、そいつらの未来が己のせいで潰れるのは気分が悪い。
だが─────復讐はやめられない。
「・・・手伝うよ、おまえの復讐。」
「・・・は?」
アルの言葉に、イグニスは眉を潜める。
「ただ叩き潰す。おまえ1人ならそれで良いが、今は違う。
組織の一人なんだ、当たり前だろう?」
「・・・お前はそこまでやる義理はねぇだろ。」
「知らんよ、私の勝手だ。
それに、私も命を狙われたんだ鉤爪って奴に。」
「・・・だが。」
「言わなきゃわからんか朴念仁。
私に一枚咬ませろ、友人だろ?」
アルはそう言って笑い、イグニスは硬直した。
「馬鹿かテメェ!お前がその道に絡む必要はねぇんだよ!
お前は武器を俺に与えて、治癒もした!もう充分だ!」
「知らないな。私の信条は"楽しくあれ"だ。信条と言うからには私の言葉は軽くない。」
立ち上がり激昂するイグニスを、アルは変わらず見上げる。
「目の前の友人が苦しむ様を黙って見てろって?鬼畜外道かよおまえ。」
「それは・・・!」
「巫山戯るなよイグニス。そんなの頼まれたってゴメンだね。私はやると言ったらやる。」
「・・・ちっ」
イグニスは舌打ちしてアルから視線を逸らして出ていこうとする。
「・・・全く、私を狙う連中を許せなくて出向いたおまえに、恩返しくらいさせてくれよ、ほらっ。」
背後から何か投げつけられたような気がして、イグニスは振り返り何かを受け取る。
「道ずれも何も、私は望んだんだ。
まったく根が真面目だから疲れるんだよ。」
イグニスの手に渡ったのはとあるファイル。
それは"鉤爪"の情報に関連するものだった。
「1人で背負うから、そんなもんさえ見落とすのさ。
次からは"助けて"って言えよ?」
「・・・馬鹿野郎が。」
イグニスは今度こそ、ファイルを持って出ていった。
─────────────
イグニスに割り当てられた部屋。
そこで彼は荷物の準備をしていた。
何処かに行くつもりだろう。
「・・・おい。」
何故か上から、声が聞こえた。
イグニスが視線を上に向けると・・・そこには天井からぶら下がるコメットが居た。
「・・・普通に入ってこいよ。」
「いやぁ、その辺で歩いてたら保護されそうで。
・・・で、行くのかやっぱ。」
イグニスは立ち上がり、大剣を背負う。
それがもう答えだと言わんばかりに。
「・・・終わったら一回、俺の研究室に来い。」
「・・・あ?なんでだ。なんで不法侵入する阿呆の言うことを聞かにゃならん。」
そう言ってイグニスは無視しようとした、が。
「いいから来い!!!」
コメットが、今までにない剣幕で怒鳴った。
「・・・クソが。怪しい真似したら潰す。」
悪態をつきつつ、実質了承の返事をしながら荷物を背負い、立ち上がる。
「ならよし、来なかったら・・・何があっても文句は言わせない。」
「・・・なんで俺にそこまでする。」
扉に向かい、ドアノブを捻りながらイグニスは質問する。
「誰にでも言うさ。」
その答えにイグニスは鼻で笑う。
「なら、俺はやめておけ。」
そう言いながら、イグニスは出ていった。
「─────嫌だね。」
誰にも聞こないが、コメットはそう口にして、首にあるモノに触れる。
「絶対に。」
決意か、運命か、強迫観念か。
少女はその答えからは離れられないでいた。
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