背徳の紅"第四話、雷鳴"

「はっ────クソが、終わらねぇな・・・!」


白辰にて、イグニスは襲撃を受けた。

前回より数を増やし、仕留めにかかってきた。

"鉤爪"は本気だ。

そういう意思表示か。


「知るか・・・!」


考えを振り払うように、斬りかかってきた敵を大剣でカウンターで薙ぎ払う。


イグニスが用いる身体強化は、通常より瞬発的に効果を発揮する。

人体の限界を悠々に超えた動きをして、力を発揮する。

両親を喪って直ぐに、イグニスが鍛えた魔法であり、業だ。

その代償に、この身体強化は肉体の多大な負荷を強いる。

故に短期決戦型であり、長期の戦闘は禁物だった。


イグニスはいま正に、その長期の戦闘を強いられていた。


「ちィ・・・!!」


巨大な火球が飛んでくる。

大剣で切り裂くが、余波で火傷を負う。

当たり前のように無理を重ねたが遂に、限界が近づいてきた。

傷も負荷も、バカにならなくなってくる。


「残り・・・13、か。」


見たところ魔術師に囲まれている。

なるほど、イグニスの手が届かない場所から囲めばいつかは息絶えるだろうという算段か。


「はっ・・・」


笑えてくる。それは正しい。

本来なら詰みだった。


─────で、それが?


「死ぬかよ、クソが。」


死ぬつもりなど毛頭ない。

負けるつもりも一切ない。

まだ果たせてない。

まだ生き抜いちゃいない。


「ぉおおおッ!!」


またしても囲んで魔法を行使してくる。

弾幕を身体強化でくぐり抜け、ひとり大剣で突き刺して倒す。


あれだけ負傷して、まだ動けるばかりか、全力を出せるのか。

怯んだ敵は、一気に逃げるように距離を取る。


慌てるな、着実にやれば"いつかは終わる"。

そんな、希望的観測を突如の雷鳴が打ち砕いた。


「─────騒がしいと思ったら。」


琥珀の瞳が月光に照らされ、闇の中を輝く。

手を上げ、指し示す。

雷鳴は、そのまま審判のように。

敵とイグニスの間に、稲妻が落ちる。


顔にかかった髪を払い除けて現れたのは、雷の竜族がひとり、トルエノ。

群所属のひとりでもある。


────増援、だけならまだ良かった。

だがいま示した雷魔法の行使は、普通ではない。


それでも、と。

敵は火球を放つ。


その希望も、また。

彼女の雷にて、火球を撃ち落とす。


トルエノはやや高い場所にふわりと降り立つ。


「今逃げれば、私がこの男を説得してやってもいいですよ。

どうします?この化け物じみた奴に加えて加えて、雷の竜族を相手する気力と体力、残ってます?」


─────竜族。

その銘が、どれだけ大きいか。

人間や魔族を超えた種族、その事実が与える影響は大きい。


そんな存在が手を貸す─────無理だ。

敵はリーダー格の合図と共に退いて行く。


「・・・退いた、か。」


イグニスは大剣を杖にする。

やはり限界がかなり近かったようだ。


「全く。人間は脆いというのに、少し注意が足りないのでは?」


彼を誘い出した敵に対する怒りはあまりない。

他人事だから。

だが同じ群にいる、トルエノが敬愛する契約者にしわ寄せがいくかもしれない。

彼女は呆れた視線をイグニスに向けた。


「・・・悪いな、盛大に腹が立った。」


前の依頼の敵から何も懲りていないのか、自分を狙うばかりか、アルを差し出せとも言われた。

結果、このような大立ち回りに発展した。


「遂にマークされたか?鉤爪絡みに近づけるならいいが。」


怪我だらけというのに、鉤爪という仇を考えると口角が釣り上がる。


「・・・ちょーっと失礼、こっちを向いて私と目線合わせていただけます?」


それを見ると今度こそ冷ややかな視線に変わった。

彼女は口元だけで笑顔を浮かべるとイグニスにそう言って頼み込む。


「ァ────?ああ、悪い。またあの顔してたか。」


仏頂面に戻り、トルエノの方へ向く。


「いえいえ。そういうことじゃありません。


・・・ああもう、面倒です!」


本当はビンタ一発で済ませようと思っていたが、面倒くさくなってイグニスの弁慶の泣き所を蹴った。


「ッ────!テメェ・・・!」

「ごめんなさいねぇ、"せーだいに腹が立った"ものですから。」


少々のことなら耐えられたが今のは効いた。

トルエノはイグニスの先程の言葉を真似ていうと、ふんっ、と鼻を笑って、つんと上を向いた。


「・・・あなたが戦闘が大好きで仕方ないってんなら止めませんけど。

私やリーダー、あんたの身内以外に迷惑かけたらもう一発行きますからね。

あんたがやらかしたことで、他の群のメンバーが狙われないとどうして思うのです?」


イグニスは流石に無視ができなかった。

元より、誰かを巻き込むつもりもなかった。

だが、どちらにせよ、望まぬ誰かを巻き込みかねない真似をしたなら話は別だ。


「・・・悪かった。」


そう言って、踵を返し大剣を背負う。


「ええ、そうですね。潔いのは嫌いではありません。最も、まだ未遂ですから謝罪の必要はないですけど。

とにかく、あなたはもう少し身の振り方を考えるべきです。

未来ある子供たちに何かあったら・・・その時はあなたを許しません。」


その言葉は、段々と怒りに声が揺れていった。


「・・・これだから復讐に狂った人間は嫌いなんです。怒りに茹だってまともな思考ができないんですか?復讐は駄目だとか言うつもりはないですけど、あーもう腹立つ!」


うまく言葉にできないこの気持ちに腹が経つのか、突然がーっと怒鳴る。

彼女の周りに電気が迸った。


「・・・いいヤツだな、お前は」


自分に、そんな誇りは持てなかった。

そんな義理もないだろうに。

そんなに誰かの為に動ける。

それが、少し羨ましくあった。


「お前の怒りも感情も正しい。

手を煩わせて悪かったな。」

「せーぜー生き延びるがいいです!!」


そう言って、電気に備えることもなく歩き出した。

トルエノは電気の音を強めたが、ばきりと羽音が響き、やがてそこには誰も居なかった。


「・・・。」


イグニスは無事に徒歩で帰還する。

この出来事は、イグニスの在り方を大きく変えるキッカケになるが、それは復讐を終えた時になる。


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