背徳の紅"第三話、喧嘩"

「・・・少しはマシになったか。」

「だから治癒術師の所にいけよ。なんで私の所に来る。」

「面識の浅いあのコメットとかというガキに治されたかねぇんだよ。」


イグニスはアルによって応急処置により、傷は塞いで貰っていた。


「おまえなぁ、なんで一人で行くかなぁ。」

「俺の復讐に周りを巻き込みたかねぇんだよ。お前は踏み込んだから巻き込むがな。」

「・・・まったく。

で、そのコメットとかというなやつは何だ?」


イグニスは不機嫌に眉を顰める。

質問されたからには答えるが、嫌そうだ。


「・・・自分の体力削って治癒して、幸せそうに笑う阿呆のことだ。

1回、そいつに無理やり治癒された。」

「・・・そんだけ?」

「・・・それだけだが?」


アルは呆れた顔をするが、イグニスは続ける。


「見ていて気分が悪い。見ちゃいられねぇ。あんなもん見せられて頼りたくなるワケがねぇだろ。」

「・・・不器用なヤツ」

「あ?」


机にひじをついて、アルは笑う。


「結局ほっとけないんだよ、おまえは。

面倒くさい性格同士なんだろ、お似合いだよ。」


イグニスはそれを聞いて舌打ちして立ち上がる。

アルは苦笑し。


「そういう所だってのに。」




─────────────




「──────あ? 」


場所は資料室。

資料を読み漁るイグニスは、ある資料を見て目の色が変わる。


"暗殺の記録"

イグニスが焦点を当てたのは、そこだ。

実際には殺人事件を掻き集めているが、いずれも"ただの殺し方"ではない。

用意周到に、誰にも追跡されず、かつ"頭を傷つけて"殺す事件。


──────その標的の全てが、研究室で確信的な成果を上げた者たちだった。


であれば、必然、白辰で発生しやすい。

・・・いやそれより、法則を少しでも手に入れた成果は大きい。


「─────はっ」


それを証拠に────恐れしく口角を上げて笑ってしまうから。


「くは、は、ハッ・・・!ようやく、一歩追いついたな・・・鉤爪ェ・・・!!」


資料室でひとり狂笑を浮かべつつ読み漁る。

ひと晩はそれで過ごしてしまうだろう。


「─────誰かいるのか?」


隣の棚からの声。


「─────ア?」


その声にイグニスは顔を向ける。

その顔は・・・狂笑のまま──────。


「・・・っ、おまえ!」


コメットはイグニスの肩を掴む。

イグニスはそれにハッとして、いつもの仏頂面になる。


「・・・・・・・ああ、悪い。見せられた顔じゃなかったな。」

「そうじゃない、じっとしてろ!」


コメットは目を瞑り息を一つする。

開いた眼は青紫に輝く。

その口から何か唱える。


その内容は、イグニスにはまるで読み取れなかった。


ただ確実なのは、これが治癒術で、生命の感じるチカラ。

それにより、イグニスの傷は癒えていく。


「・・・ち、結局お前に力を使わせたか。」


悔いるような顔を見せたあと、手を振りほどいてそっぽ向いて立ち上がる。


「・・・これが仕事で、俺の望んだ役割と運命だ。逸らす気は無い。」


静かに言ってコメットは立ち上がり、唐突にイグニスの脚を蹴る。


「というか、もっと自分を大事にしろ!」


それを聞いてイグニスはコメットの方へ向く。

かなり頭に来たような、そんな顔を見せ。


「───────それを、テメェが言うのか。」

「なんのことかさっぱりだ。

さっさと飯食って寝やがれチンピラ。」


コメットはまるで気にすることなく、背を向けて歩き出す。


「─────断る。」

「は?」


イグニスは資料をしまい、大剣を背負う。

不本意にすぎるが、次の機会は来たのだ。

何より、こんなバカの言う通りにするのは癪に障る。


「こんな遅くにどこに行くつもりだ。」

「"仕事"だ。」

「・・・俺は、貴様をただ即行かす為の野蛮人として治したつもりじゃないんだが。」


コメットは眉を潜めてイグニスの方へ向く。

だがイグニスは背を向けている。


「野蛮?ああ、そうかもな。

だが悪いな、総ては精算の為に在る。」


顔は見えずとも、その背中には憤怒の感情が見える。


「なにをイライラしてんだ。見てて不快だ明日にしろよ。

治癒した意味がないだろ、静養も必要なんだぞ!」


コメットはイグニスの背を引っつかむ。

イグニスは掴む手を振り払ってコメットを見下ろす。


「ヤツを殺すまでは止まれない。

あの鉤爪の男を殺すまでは・・・


というかだな。」


早く鉤爪の男を見つけたくて仕方ないのに、イグニスはコメットにまで苛立つ。


「治癒した意味が無い?静養が必要?

鏡見た事ねぇのかテメェ。」

「はぁ?何言って・・・とにかく!」


コメットはイグニスに指さす


「今日はやめておくんだ!それに、お前に何があるか知らないが、どんな理由にせよ、お前がまた怪我しに行こうということくらいら分かる!

治癒する側としちゃ見逃せないだろ!」


指さすその手をイグニスは払う


「はっ、自己管理もマトモにやらねえガキが一丁前に説教か。

知ってんだぞ、飯もロクに食べようとしないってな。」


見れば働いている様子しかみない。それがイグニスの知るコメットだった。

そんな奴に、無茶だとかなんとか指摘されたくはなかった。


「────ほざけよガキ。自覚すらねえ上に運命だとか悟る前に鏡を見やがれ。」

「だから、鏡鏡って意味がわからん!

いいから帰れ!じゃないと此処で睡眠用のスモッグを炊くぞ!」

「なんだ、そんな便利なもんあるならテメェの顔に突っ込んでやろうか。」


そう言って今にも喧嘩になりそうな時に─────


「はい、そこまで。」


アルは2人の間に入り込んだ。

二人の喉元には、浮遊する刃が突きつけられている。


「っ・・・おい物騒なもん浮かべんなよ。」


アルは刃を離してため息をつく。


「馬鹿め、それ以上に危ない展開になりそうだからやったんだ。お互い引くに引けなくなってるだろ。

ほら、2人とも休みな。喧嘩両成敗だ。」


「誰が・・・」

「なぜ俺が寝なきゃいけないんだ、おかしいだろ。」


イグニスもコメットもまるで引く様子がない。


「おまえらさ・・・言うこと聞けって。刃が滑るだろ。」

「・・・ち、おいガキ、休め。俺も休む。」


また喉元に刃が突きつけられる。

最悪脅しでは済まないの理解したイグニスはコメットに言うが・・・


「どけ。俺は怖くないぞ、そんなもの。」


コメットは、アルに睨みつける。

そうまでされてもなお、引くつもりがない。


「・・・じゃ、死ぬ思いでもしてもらうか。」


アルは本気だ。その刃を更に増やし、12本で囲む。

コメットの視線がアルに集中した瞬間──────


「っ─────・・・。」


コメットは、糸が途切れたように意識を失って膝から崩れるように倒れた。


「・・・おい、イグニス。こういうやつは痛い目見ないと─────」

「もう遭ってるし、無駄だろうコイツは。」


アルの言葉に食い入るようにイグニスは答えてコメットを抱える。

コメットの体は細く軽い、ひとつ間違えれば壊れてしまいそうなほどに。

よく見れば沢山の傷や絆創膏がある。


アルはそれを見てため息をつく。


「・・・いっそ全身拘束して隔離した方がいいまであるぞ、こいつ。」

「ダメだ。」


イグニスは断言した、アルの提言を。


「・・・理由はわからん。だがそれを・・・俺は許したくはねぇ。」


イグニスの言葉にアルは苦笑した。

お好きにどうぞ、という意味だろうか。


この後、イグニスによりコメットは医務室で寝かされることになった。

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