背徳の紅"第一話、犠牲"

「おい、やめろ。要らねぇつってるだろうが。」

「うるさいな!黙って治療受けてけって!」


イグニスは研究室の端に誰かによって押し込まれていた。

身長差はまるで大人と子供。

およそ小学生と見違うくらいの背丈の少女が、イグニスを椅子に座らせた。


白衣を身にまとった、茶色の長髪で青紫や白などのメッシュ。そして灰色の瞳。

彼女はコメット・ホウプスというらしい。


渋々イグニスはコートを脱ぐ。

そこにはつい最近出来た傷だらけ。


「やっぱりなー、血が垂れたりしてたら私も気づくわ!」


じゃあなんだよ、と。

ほっといてくれと思い、立ち上がろうとした。


「・・・おい。」

「動くな。」


もう、治癒が始まっていた。

なるほど治癒術師か。

そう納得しているうちに傷が塞がっていく。


「・・・ち、お代はいくらだ?」


治癒されたからには仕方がない。

何か返さなければ、と思っていた。


だが、返事はなく・・・。


「─────おい、どうした。」


酷く、疲れたような、或いは生気を奪われたような。

そんな様子がコメットから見られた。


「ぁ?あーお金?今度でいいよ、大丈夫大丈夫。」


ようやく帰ってきた返事は能天気だった。

しかし疲れた様子は変わらず、治癒するにあたって何かしらこいつは犠牲を強いているらしい。


それだけなら良かったのだが。


(こいつ───────なんて表情してやがる。)


笑っていたのだ。

傷が塞がったのを見て、幸せそうに。

誰かに向けた笑顔ではなく、それは自分の身を粉にしてでも、誰かを癒せたことによるモノ。


「────ちッ!」


不快だった。

何か説明出来ない感情になった。

イグニスは立ち上がり、足早に離れようとする。

そんなモノを見せるな、と。

そんなザマで俺に関わるな、と。


「・・・なぁ、名前は?」


なのに、もう身体は参ってるだろうに、まだ関わってくる。


「・・・・・・イグニスだ。」


苛立ちを隠そうと、絞り出すような声でイグニスは答える。


「そっか・・・俺はコメット。怪我したら来るんだぞ。」


ダメだ、苛立ちが収まらない。


「要らねえよ。関わるな。」


歯をぎりっ、と鳴らしてイグニスは出ていった。





────────────




幼き日、夜に音が消えた。

本当なら武器開発等で、家の中はまだまだうるさいハズだった。


不審がった少年は、様子を当然身に行く。

その先に広がったのは・・・頭を、胸を、首を────からゆる箇所を裂かれて絶命した両親。

そして、真っ赤に染まった研究部屋。


少年は泣き崩れ嘔吐する。

殺人者は言葉を紡いだ。


「いいでしょう?貴方の両親は、貴方の心の中で生き続けるのだから。」


少年は力は無かった。

だが赦せるはずがなかった。


殺意を向ける。だがそこにはもう殺人者はいない。

月明かりしかない夜では、殺人者の姿はシルエットしか見えず、武器が鉤爪であることしか分からなかった。



───────────




「ッ・・・!」


夜、イグニスは夢を見た。

かつて喪った、幼き日の夜の出来事。


あの殺人者は、今もなお頭を裂いて生き長らえている。


イグニスが手にした情報は、鉤爪と、頭を必ず裂く者。

それだけしかない。

まだ、まだまだ情報が足りない。


「・・・赦せるはずがねぇ、殺すッ。

灰にするか、肉塊にするか?

何でもいい・・・!」


頭を掻き、拳を握る。

関わったお節介を払い除けるような決意を絞り出す。


「この手で、精算させられるのなら─────全ては、その刹那の為に在る。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る