無慙軌跡"第四話 狩人の悪夢"

殺人鬼との戦いから、5年が過ぎた。

あれから、殺人鬼による事件は一度として起こらなかった。

誰もが安堵した。

アレは善悪問わず、出逢えば殺戮を行う災厄だったから。


既に人々はかつての、普段通りの生活に戻っていた。

善の生活がそのままなら、無論悪の生活もそのままだった。

故に、その悪を滅ぼそうとするあの男も依然変わらなかった。


変わらず悪を狩り、変わらず付き添う魔術師。





だが、ある日から彼の身に異変が起こった。


彼が、全く目を覚まさない。

眠ったまま、動くのは呼吸によるものだけ。


「どうなってんの・・・?」


起こしに来たフレイは困惑する。

医者に診てもらえば診てもらうほど困惑した。


外傷は塞がっている。

何か病気で患っているわけでもない。

まるで原因は分からない。

フレイに出来ることはただ、傍で見守ることだった。


「また、置いてけぼりだなぁ・・・。」











此処は何処だ。

教会、のような内装か。

しかし周りには異常な数の壷が置かれている。


「・・・。」


何があったか分からないが、考えるには何もかもが足りない。

立ち上がり、扉がないが外へ出られるところへ歩く。



「───────。」



人がいない。

空は、曇りのような。

そして太陽は、崩れて死にそうな─────。


「なんだ、此処は。」


訳が分からない。

街という感じでもなく、まるで廃棄された場所のような。


「・・・。」


動けば分かると思ったが、ますます分からなくなってきた。

進めば岩のトンネルと階段。


人はいないと思ったが、気配を感じた。

手持ちを確認する。

いつもの大剣。何故ここにもあるのかは分からないが、あるなら良い。

これで充分だ。


岩のトンネルの中にある階段を駆ける。

その先に、広間があった。

周りを見よう。

そう思った瞬間─────。


「──────!」


横から強い殺気を感じ、前へ回避。

大地から聞こえた炸裂音。


「貴様・・・。」


連結音。

そこには鉈を持った誰かがいた。

これが誰なのか全く知らない。

だが明らかにこちらを殺そうとしていた。


「・・・なら、殺すまでだ。」


即座に大剣を振る。

全力で振り下ろした攻撃を、敵はステップして躱す。

敵はそのまま鉈を振り下ろすが────


「なに・・・?」


それが、分裂した。

分裂し繋がれているソレを、間一髪で躱す。


「・・・仕掛け武器か。」


鉈ではなく、連結刃。

荒々しいソレに当たれば、肉は断たれる。


再びソレを振るおうとする。

だが仕掛けは分かったし何より─────。


「・・・死ね。」


振り下ろすより先に、こちらの斬撃が早い。

身体強化を最大限に使い、敵を真っ直ぐ縦に斬り裂いた。


「・・・。」


周りを見やる。

いきなり襲いかかる何かが居て、それでいてこの場所は・・・まるで別世界だ。

今は闇雲でも先を行くしかない。

だが、何も知らずに歩むのは慣れたことだ。

もう、幼い頃からそうだったのだから。











「狩人の、悪夢・・・?」


フレイはいま、"現実"にて調べ回っていた。

このままじっとするのは性にあわない。


すると、あるひとつの情報に当たる。


"狩人の悪夢"


私たちが知る"狩人"の職業とはまた異なったモノ。

悪夢にて、獣を狩る者の総称。

そこに伝わる話はいずれも主観的で参考になるかと言われれば、全くないが・・・。

ただ、この"狩人の悪夢"だけは・・・。


何でも狩人の悪夢とは。

血に酔った狩人が堕ちる場所。

獣を狩るはずだった狩人が、誰も彼もを本能に任せて襲う。


・・・まるで関係がないはずなのに。

何故、そこにナオタカが飲み込まれたと直感したのか。


だがどちらにせよ、フレイにはどうしようも無い。

狩人の悪夢だろうが無かろうが・・・彼女には、何も打つ手がないのだ。









これでどれだけ先に進んだだろうか。

先程の仕掛け武器を持った誰かと同じように、様々な武器で襲いかかる誰かがいた。

獣のような、有象無象もいた。

眠ったままの、火に塗れた誰かもいた。


気色悪い、吐き気がする。

まるで鏡を見せられたかのような。

奴らが声を発する度に、黙れと思ってしまう。

獣のように襲うことしか出来ない奴らと、同じにするな、と──────。


血が滴り、床が血まみれの古い建物にたどり着く。


「───────。」


ふと、息が詰まった。

誰かがいる。

さっきまでの奴らとは格が違う。

開いている鉄格子。

その先に必ず誰かがいる。


危険信号を鳴らす、その先は本当に死ぬぞと。


「・・・だから、どうした。」


知ったことじゃない。

こんな所で立ち止まれない。

何より、何よりもだ。


この先にいる"誰か"が


"気に食わない"


先を往く。



「・・・誰だ。」


広い場所で、血溜まりの床に転がる屍の上に。

床を這いずる人がいる。

違う、アレではない。

俺が倒すべきはアレじゃない。


「・・・ああ、ああ、あんた・・・助けてくれ・・・。」


何か呻くように言う、這いずる誰か。


「あいつが・・・」


大きな足音を聞いた。

俺の視線が、弾かれたように足音に向く。


─────それは、醜いモノだった。


「おぞましい、醜い獣がやってくる・・・」


強いて例えるならば、馬。

だが顔がソレであり、それ以外は・・・。


「ああっ・・・呪われた"ルドウイーク"が・・・。」


例えようがない。

足が、手が。別の口のようなものが。

理解不能と言うしかないほどに身体に取り付いている。


「赦してくれ・・・赦して・・・くれ・・・」


そしてその"醜い獣"は咆哮をあげる。

いや、あれを咆哮と言えるのか。

雄叫び、或いは慟哭。

まじりに混じった"怨念"の叫び。


助けを請う、床を這いずる誰かは笑った。

だがどうでもいい。

もう誰も逃げられない。


同じだ、こちらも"逃げるつもりは無い"。


この感情が理解出来ない。


嫌悪、これまで戦ってきた"悪"に対する嫌悪とは違う。

それでも、俺は"アレ"が気に食わない─────。

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