無慙軌跡"第三話 運命"
白辰のとある砂漠の街、そこでは砂は赤に染まっていた。
「ごきげんよう、皆さん。
私と出会ったのだから、死んでくださいな。」
にこやかに少女は血溜まりの中心に立ち、手に持った身体の大きさに似合わない大鎌を振るう。
殺人鬼なのだから、出会ったのなら殺すのが道理なのだと告げて老若男女区別なく斬り殺す。
大鎌軽々しく振るわれ、みるみる屍は増えていく。
罪の意識はない。
これが彼女の呼吸であり食事だ。
なのだが──────。
「ですが、これをつまらないと言うのでしょうね・・・。」
ひたすらに彼女は退屈だった。
命を奪うことでようやく命に触れられる彼女だが、命と向き合うことが出来ない。
生の実感は、母を殺して以降ない。
彼女は空虚だった。
なぜなら、彼女と向き合うことなど出来ないから。
今日もきっと、そんなふうに時間が過ぎていく。
そう思った矢先のことだった。
「────────?」
何か、自分の肌が震えた気がした。
魂を揺さぶられる感覚。
何かが、近づいてきている。
その予感に、彼女は困惑した。
これは、いったいなんだろう。
「死ね。」
その瞬間、大剣が襲いかかった。
「・・・!」
咄嗟に自らの大鎌で防ぐ。
小さい体格ながら、その大鎌を易々と防いでみせた。
「ごきげんよう。貴方も私と出会ったから、死んでくださいな。」
「・・・死ね。」
にこやかに言う彼女に、斬りかかった男"ナオタカ"は冷徹に返す。
怨念、殺意、依然変わらず。
相手が殺人鬼だと理解したうえで、何も変わることなく全力で剣を振るった。
「苛烈なひと、そんな人いままで居ませんでしたよ?」
くすくすと嗤い、ナオタカの剣戟を弾き飛ばす。
弾き飛ばされたナオタカは直ぐに体制を立て直す。
そこへ
「喰らえッ!!」
大型の火球が落ちてきた。
「おや────。」
それを見上げた殺人鬼は、その火球に巻き込まれた。
「よしっ!」
いきなり必殺を決めたと思い拳を握りしめるフレイ。
充分な火力はあった。確かにアレを直に受ければタダでは済まない。
だが、今回は相手が悪かった。
「2人も来たのですね、嬉しいです。」
「なっ・・・!?」
その火の海から現れたのは無傷の殺人鬼。
大きな刃がいくつも彼女を包むように顕現していた。
結果、火球は通らずじまいだった。
「死ねよ。」
間髪入れずに、ナオタカが身体強化もあわせて斬り掛かる。
それを顕現した刃で防ぐ。
だが彼は止まらない。
斬って、斬って、斬って─────。
殺人鬼は笑う。
愉快な人だ。無駄だとしても決して引かない。
こうまで愚直なのは初めての体験だ。
顕現していた刃で幾度も防いで、手にした大鎌で大きく横に薙ぎ払う。
「・・・!!」
ナオタカは躱しきれずに、肩が裂ける。
血が散って、一歩後ずさる。
「あぶな─────くっ!?」
援護しようとするフレイが火球を放とうとした。
だがそれは殺人鬼が生みだした刃にて打ち消され、挙句フレイにも襲いかかる。
それらは身体を掠め、フレイの動きを止めさせた。
その間を見逃すほど、殺人鬼は甘くなかった。
大きく大鎌を振るい、フレイの首を狩ろうとする。
その目は冷たかった。
ナオタカを見た時とは違い、その辺の誰かを殺す時と何も差がなかった。
それでいて、本気で殺そうとする。
「あ───────。」
恐怖と諦め、一瞬でフレイはそれに染まって、ただ黙ってやられる他は────。
「・・・死ねェ!」
その瞬間、殺人鬼の身体は大きく跳ね飛ばされた。
「あ・・・?」
殺人鬼がいた場所には血を流したナオタカがいた。
どうやら蹴飛ばしたらしい。
フレイは助かったことに安堵して膝をついた。
その様子をナオタカは一瞬だけ見た。
「・・・あ。」
無関心だった。
ナオタカも殺人鬼も、フレイに対し向けられた視線は正に無関心だった。
ナオタカは迷いなく、再び殺人鬼に立ち向かうべく走り出す。
その様子を見てフレイは自分の頬を叩く。
「馬鹿私!これじゃ昔と変わらない!!」
フレイは、この場で大きな一手を打つために
魔力を溜めはじめた。
「ふふっ、凄い・・・!」
「死ね!」
怨念と殺意を込めた剣戟が激しく、殺人鬼の刃とぶつかる。
人間離れした剣戟を、殺人鬼は余裕綽々に防いでみせる。
誰が見てもわかる。殺人鬼の方が遥かに強い。
殺人鬼の刃は、彼女特有の魔法。
「
自身が誰かを殺して奪った生命力を糧に、自在に武器を創造している。
これにより、幾度も殺人を行ってきた故に無尽蔵に武器を振るえている。
徐々にナオタカの身体はダメージを負う。
殺人鬼の刃にて外側から。
身体強化にて内側から。
だが止まらない、恐れない。
それはまるで、血溜まりの舞踏会だった。
だがそんな時間も、永遠ではない。
「ぐ・・・っ・・・」
遂に、猛攻が止まらなかった男の体が深く刃にて深く傷つく。
追撃に終わりはない。
刃がナオタカの体を突き刺し、切り裂き、そして─────
「っ、は・・・・」
大鎌の刃が、ナオタカの腹を貫いて引き抜かれた。
ナオタカはその場に倒れ伏す。
もう、舞踏会は終わってしまった。
「ありがとう、名も知らぬあなた。
楽しかった、本当に。」
楽しかった。
楽しい夢を見た。
終わらせるには惜しいが、何事もいつしか終わる。
だから、今回もそうだ。
「さて──────。」
殺人鬼としての
見つけた誰かはみんな殺す。
だから、無様に膝をついたままの魔術師も例外では無い。
「っ・・・ナオタカ・・・!」
フレイは焦っていた。
溜めていた魔力は間に合わず、しかしいまようやく溜まった。
しかし放っても恐らくは通用しない。
それはもう最初で学習した。
「それでは、あなたも同じように、今度こそ殺します。」
まるで挨拶のように嗤う殺人鬼。
もう勝てない、挑んだのが間違いだった。
今は意地でも、生きてナオタカを連れて帰らなければ────!
大鎌を振りかぶる殺人鬼。
それに対して、カウンターで巨大火球を産み出そうとしていた。
──────だが、飛び散ったものは血だった。
結局フレアが死んだか。
否、彼女は健在でまた固まっている。
血の元は・・・
「か、は・・・?」
殺人鬼だった。
胴体は背中から腹に向けて大剣の刃が突き出ている。
つまり誰かが後ろから殺人鬼を刺した。
誰がなどと、もはや愚問である。
「何を笑っていやがる
弁えろよ蛆虫が。呼吸をしていいと誰が言った───────。」
怨念と殺意の根源は、変わらずナオタカから。
馬鹿だ。おかしい。どうかしている。
誰もがそんな感想を抱く異常なまでの攻撃性。
馬鹿?おかしい?知ったことかよ滅ぼしてやる、と
血を流して満身創痍だったはずの彼は、起き上がって殺人鬼を後ろから大剣で刺した。
密着して呪詛を吐き、殺意のまま大剣を引き抜く。
殺人鬼もまた胴体から大量に血を流し、動きが止まる。
極大の殺意を受け、ナオタカに振り向いた彼女は─────
「あなた・・・素敵──────」
恍惚な笑みを浮かべていた。
初めてだった、こんなに自分と向き合える人は。
彼女にとっては、運命以外何者でもなかった。
「どうかお名前をお聞かせください。私の名はディメントクイ、がばァ──!?」
言い切る前に殺人鬼の顔面に拳がめり込む。
大きくぶっ飛ばされた殺人鬼に、更にナオタカは詰め寄る。
貴様のような屑に名乗る名前などない、という風に。
更なる剣戟を浴びせ、殺人鬼は刃で防ぐ。
重症だというのに、何一つ衰えない。
斬っても通じない?なら通じるまで何度も斬るまで。
斬って、斬って、斬って、殺して、殺して、殺して、殺す。
ただ、その為に。
「貴様は屑だ。貴様は塵だ。いい気分で終われるなどと思い上がるな
絶望しろ苦しみ抜け、惨めに泣き叫んで後悔しながら─────死ねェ!!」
これ以上ない呪詛を吐き出しながらなおも動きを止めないナオタカ。
その殺意を受け続けた殺人鬼は・・・。
「なんて美々しい、絢爛なお方・・・貴方の全てが欲しい──────。」
怒り狂う男を前に、悪の少女は自儘に笑う。
そしてこの瞬間、少女は男に"恋"をした。
頬を赤らめ、空虚だった殺人鬼は恋に満たされた。
自覚した殺人鬼は、刃を一斉に振るい、ナオタカを"殺さぬように"弾き飛ばす。
「お互い、万全ではありません。
また、またいつか会いましょう、素敵なお方。」
これ以上ない笑顔で、自儘に言う。
「舞踏会はお互いに全力で。
もう貴方以外殺せません、あまりに虚しくて。
信じています、運命の人。
今度は私を"殺せる"ことを。」
勝手が過ぎる言い分で、満足した殺人鬼はスキップしながらその場を後にした。
もうナオタカ以外存在を認知すらしていない。
殺人鬼の矜恃すら、この瞬間に投げ捨てたのだ。
「・・・ナオタカ?おい、ナオタカ!!」
余りの光景に固まったフレイは気づき、重症のナオタカに走りよる。
意識はない。だが今なおも「殺してやる」と繰り返し呟いている。
「いま、連れて帰るからな・・・!」
フレイは重い彼をなんとか運び始める。
治療できる場所を目指して。
かくして、殺人鬼による連続殺人はピタリと止んだ。
殺人鬼を討伐出来てはいない。しかし殺人は起きなくなったのだ。
解決とまでは言えないが、対処をしたナオタカ達は後に称えられることになる。
しかし、重症だったナオタカが目覚めるのはかなり時間を要した。
そしてナオタカが次に目覚めたのは、1ヶ月も先だったとされる──────。
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