Summer Snow
第1話 夏に降る雪
突拍子もない、ありえないことが起きたとき、この街では夏に降る雪のようだと表現することがある。私——
この街はどちらかというと田舎で、というかだいぶ田舎で、それなりにダサい。
だからこそ、こういった粋な表現は珍しく、この街唯一気に入っているところなのだ。
「まあ、だからって好きになるわけじゃないんだけどね」
学校までの道すがら、私はそんな些細なことを空想していた。登校している間は、なんとなく暇なのだけれど、だからといってすることもなく、そんな風に時間をつぶしていくほかないのである。
「……引っ越してきてすぐだから、まだ慣れてないはずなんだけどな、なんでこんなに懐かしい感覚があるんだろう」
懐かしいというよりは、変わってしまったなという感覚に近い。
「ちっちゃいころに来たとか?」
その辺は全く覚えていない。小さいころから本に夢中で、特に空想に夢中だったので、外で遊ぶことはほとんどなく、だから記憶にとどまっていないと結論付けてもよかった。
しかし、それとは少し違うような。
「……方城七伝に、そんな類のことが書いてあったり」
もはや私のバイブルともなっているこの書は、原本というわけではなく、図書室に会ったレプリカ——増刷版?——だった。
7月。『ねずみ姫』のお話が現実だったという衝撃の事実に遭遇してから2週間ほどが経った平凡な一日。
「まあ、書いてあるわけないか」
ちなみに、ここには女神についての記載はほとんどない。せいぜい、方城七伝の結論として、4人の女神ともいうべき存在がいたのではないかという推論が掲載されているくらいで、それ以外には特に記されていないのである。
「書いてあったら、わざわざ校長先生が彼らを使って女神を探せー、なんていうはずないしね」
自分でやればいい話だ。
「でも、確か『もしいれば、こんな感じ』みたいなことは書いてあったはず」
本の終盤、それは記されていた。
「ええと」
停止の女神。時間停止に長け、成長や老化までも止めることができる。
円環の女神。時間輪廻に長け、死と同時に生へと戻る。
破壊の女神。物質の破壊に長け、乗っ取ることに優れている。
共生の女神。モノ・生物、ありとあらゆる存在と共生することができる。
「本当にざっくりしたことしか書いてないなぁ」
バスを待っている私にとって、ちょうどいい暇つぶしになると思ったのだが、全くの見当外れだった。
「さて、あと5分ですか……」
空を見上げると、そこには雲一つなかった。私は、よく本の中でそういう表現を目にしていたが、見るたびいつも「そうは言っても一個くらいはあるでしょ」などと思っていたが、いやはや。
「本当にないってことがあるんだな」
とはいえ、少しは自重してほしかった。
「暑すぎ……」
何のブロックもないバス停で、数分でも待っていれば完全に焼けてしまう。汗もびっしょりである。学校着いたらジャージに着替えようっと。
「あ」
バスに乗ってすぐ、彼の存在に気付いた。
「……誠太郎君」
彼は私のことに気づいていないようで、窓の外を眺めながらはぁ、っとため息をついていた。よく考えればおかしな話である。
私と彼の家は、学校を中心として真逆の方角にあるはずで、同じバスに乗るわけがないのである。
「なんで、ここに?」
私は疑問に思ったが、まあせっかくなので、と彼の隣に座った。
空席は点々とあったが、彼の隣が空いているのに座らないなんてありえない。
「あれ、委員長?」
「おっはよ、誠太郎君」
「そっか、家こっちなんだっけ」
「そうだよー。って、なんで君がこっちに来てんの?」
「それが、よくわかんないんだよ」
「わかんない?」
「なんか、気づけばこのバスに乗ってたっていうか」
「……へえ、なるほど」
ん? そんなのって。
「不思議現象ね」
私の得意領分じゃないの。
「マジで意味わからん。まあ、このままいけば学校に着くからいいんだけどさ」
「……なるほど。これはどういうことなんだろうね」
「……なんか楽しそうじゃない? あ、不思議現象だからって楽しまないでよ、こっちは大変なんだから」
「ご、ごめんね。でもさ、早く解決できたほうがよくない?」
「まあ、そりゃそっちの方がいいけどさ」
「そうだ、昼休みに図書室行こう。もしかしたら、ヒントがあるかもしれない」
「……そりゃあいい、のかな」
「そうしよう」
彼の瞳は少し困惑していたけれど、なんてことはない。すぐに笑顔を取り戻していた。
……かわいい。もっと、困らせてあげたい。
「え? 私今」
「え?」
「い、いや、何でもないの」
「そうなの? ならまあ、いいけどさ」
さっきの言葉はなんだ。私ではない何かが、しゃべったような。
「なあ、今日の天気綺麗すぎない?」
「確かに、雲一つないって表現するのが最適な感じはするよね」
「……綺麗すぎて、怪しいというか」
「そう?」
「何か、起きそうな感じ」
青天の霹靂。そんな言葉を、私は思い出したのだった。
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