方城七伝 ねずみ姫 003
「じゃあ、ここでいいよ、お父さん」
「……」
「もしかして、お父さん泣いてるの?」
「……そりゃあ、娘がこんなに立派に育ったんだ。嬉しくて泣いちゃうよ」
「なにそれ、大げさなんだから」
「元気でやるんだぞ」
「わかってるよ」
「頑張ってね、お母さん応援してるから」
「ありがと、お父さん、お母さん」
別れの挨拶は、中央へ入る門の前で粛々と行われました。
「よろしいでしょうか?」
「はい」
妃花さんは、自分の意志で一歩を踏み出します。
小一時間歩くと、そこには大きな建物がありました。地元の田舎にはないその大きさに、彼女はおののきます。「確か……ここだったような」パンフレットを眺めつつ、周りをちらちら見ていると、「ようこそ、中央もとい、王都へ」という声がした。
声のする方を探すと、そこには木のような男性がいました。
「君が、
「は、はい」
深々と頭を下げた妃花さんに、その男は笑顔を見せます。
「緊張しないでください。さあ、こちらへ」
「よ、よろしくお願いします」
こうして彼女が、まだ知らぬ地獄へ踏み出す中、門の前では黄昏る父親と、疑る母親が経っていました。
「……ついに、こんな年になったのか」
「やっぱり、おかしいです」
「え、何が?」
「今まで、確かに秘密裏に有能な若者を募集したことがあります。しかし、それは素性の知れた学生で、しかも王都内だけです。いくら拡大したからといって、現在学生でもない人を採用するでしょうか」
「よっぽど見ほれたとか?」
「そんな人が来ていたら、私に連絡が行くはずです」
「なら、君の家族だからという線は?」
「なら真っ先に連絡が来るかと思う……の、ですが」
「なりすましっていう線があるのか?」
「だって、彼女——妃花のことは誰にも言っていません。知っている人といえば」
「……医者」
「……あ、あぁ」
「え? 何? どうした?」
「あの話があるって上がってきた人、見たことがあったからてっきり中央の人だと思っていたけれど、もしかしたら看護師だったかもしれない」
「……君仮にも中央の人なんだよね? そんな見間違いする?」
「……見た目が、そっくりなのかも」
「そんなに気になるなら訊いてみようよ」
「中央が動いたら、彼らが逃げるかもしれないから」
「……さすがに疑いすぎなんじゃないの?」
「お母さん的な感覚になっているのかな」
「……わかった。そこまで言うなら探してみよう」
「え?」
「出稼ぎ先のおっさんから聞いた話の一つに、でっかい建物の話があって、名前は忘れちゃったらしいんだけど、そこが学園的な役割を果たしてて、あらゆる研究をしているみたいなんだ。試験を行うのもきっとそこなんじゃないかな」
「行ってみましょう」
向かった先は、つまりは正解でした。
「あの、すみません」
「なんだい、妃花君」
「わ、私以外の候補者は、いないのでしょうか」
薄暗い部屋に連れていかれた妃花さんは、動揺を隠せずにそう尋ねます。すると、彼は一瞬固まって、それからにこっと笑い、
「違う部屋にいるのですよ」
と答えたのです。
少し安心した妃花さんは、再び歩き出します。
部屋の中央部へと進んだ頃に、ようやく彼女は気づきます。
「でっかい……ですね」
「ああ、これはコンピュータと言ってね。君の能力を測るものなんだ」
「ほえぇ」
「さあ、そこに座って」
彼女は言われるがまま、椅子に座ります。椅子と言っても、クッションのしっかりと入ったもので、彼女は初めての感触に少し胸が高まりました。
「……さあ、実験を始めよう」
不穏に響く彼の声を、彼女は聞くことはありませんでした。
一方そのころ、両親は。
「ここが、研究施設」
「入るしかないみたいね」
「ちょっと、あなたたち何してるん、あぐぅ、ぐはぁ、痛い痛い、あぁ」
「さすがにやりすぎじゃないの? お母さん」
「娘の危機に、本気を出さない親がいますか」
「いやだから、まだ危機と決まったわけでは」
「めちゃくちゃ、危ない香りがします。地下に行きましょう」
「……わかった」
地下へ向かうと、そこには予想通り、妃花さんがいました。
「妃花!」
「……おと……さん?」
そこには、全身チューブか何かを通された妃花さんがいたのです。
「お前、何してんだ!」
視線を動かすと、目の前にはスイッチを持った男がいました。
「おやおや、あなたはお父様ですか?」
定期的に響く悲鳴、喘鳴、嗚咽、えずき。痛々しい音に、お父さんはふつふつと怒りを湧き立たせます。
「今すぐ、娘を開放しろ! さもなくば」
「おおと、いけませんね」
瞬殺でした。気づけばお父さんは、地面にたたきつけられ、身動きが取れなくなりました。
「やめろ、放せ!」
どこから取り出したのか、お母さんは武器を取り出し男に向けます。
「困ったなぁ。僕たちは、決して悪を働こうとはしていないというのに」
痛い。熱い。苦しい。ずっと耳から離れません。
「こんなに若い子供を苦しめて、なにが悪じゃないだ!」
「お母さんには、ここで死んでもらおう。しょうがない、君は血がつながっていないのだから意味がない」
「……は?」
瞬間。彼女は白目をむいて失神したのです。
「てめえ、何をした!」
「簡単なことです。妃花さんに行った実験の5万分の一の力を加えただけです」
「……」
もう声は出ませんでした。
気づけば、妃花さんの方からも声は聞こえなくなっていました。
「……ふうむ。ようやく、自我が失われましたか。本当に素晴らしい子ですね、この子は」
「……ろ、やめろ」
「彼女の体は、いわば不死身状態。永遠に塗り替えられる細胞たちを持っているのです。ならば、それをどうして町の人々に使わないというのでしょうか」
「だからって、苦しめていい理由にはならない!」
「ですが、限界値を知らなければ、どこまで使っていいのかわかりません」
「人をもの扱いするなって言ってんだ!」
「私は端から人だとは思っておりませんので」
「……は、はあ?」
「彼女は、いわば実験用のねずみなのです」
「……ふっざ、けんあ」
「こらこら、抵抗するのなら、腕をもぎますよ」
そう言うと、彼はなんの迷いもなく腕をもぎ取りました。
「うゔ、ああああああああああああああああああ!」
「ほら、よく見てください。自分の娘がこの国のために生きる姿を」
「や、やめ、やめろ」
「……ケて、タすけテ、たスけ……」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
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