第5話 女神誕生
「むかーし、むかし、あるところに。それはそれは普通の、平凡の女の子がいました。目覚ましより少し早く起きて、お母さんの手伝いがありつつも朝ごはんを作ってそれを食べて、登校。朝練のため皆より早く到着。先生に挨拶して、朝練開始。後輩ちゃんと一緒にバレーをして、それから授業へと戻ります。授業が終われば真っ先に体育館へ。準備等を終えたら、後輩ちゃんへのアドバイス帳作成。部活が終われば、下校。そんな毎日でした。
いつからでしょう。そんな平凡で幸福な人生を曲げられたのは。
小説やドラマみたいに、『この日』というのがないのです。ゆうっくりと、曲がっていく。初めは気付かないくらいの角度で、最終的には元に戻れないくらいに、曲がっていく。
曲がって、違って。掛け違えて、はき違えて。
友達は減りました。成績は、少しだけ下がりました。先生との挨拶も、なんだかそっけなくなりました。男子からは腫れ物扱い。腫らしたのは、女子なのでしょう、きっと。それでも味方でいてくれるという人もいなかったわけではないのです。
後輩、男の幼馴染、担任の先生。
まずは、担任の先生ですかね。初めに異変に気付き、すぐさま懇談してくれました。その時は大げさないじめもなかったので、サポートしてくれるくらいの、軽い関係でした。しかし、徐々に無視や過度な嫌がらせが増え、その分先生への相談も増えました。
もちろん、先生に負担をかけるわけにもいかないので、対処できるところは対処しました。自慢の優しさで。ネタだよねと笑い、やめてよと誤魔化す。相手も笑顔でやり続けるので、そうするしかなかったのです。巧妙なんです、この人たち。もし私が傍観者の立場であれば、あれよあれよと相手側に立っていたことでしょう。それくらい巧妙で、狡猾でした。
先生は、辞めました。正確に言えば、クビなんだそうです。理由は、生徒との未成年との不純異性交遊。相手はもちろん、私。停学処分を下されるかとも思ったんですが、彼の厚意によってそれは免除。というか、私は何もしていないのに担任も何もしていないのにこの扱い。
そうか、教師陣はこの件をもみ消したいのだ。
そう思いました。
こうなってくると、意地でも休みたくなかったのです。その後、担任の命を受けたのが、幼馴染でした。幼馴染への攻撃はなく、しかしながら外堀をきっちりと埋めていくスタイルは変わりませんでした。
『和泉若菜はあばずれ女』
そんな奴と付き合う人は、誰だって『ヤリ〇ン』と称されるのです。彼は『そんなの気にしない』と堂々としていましたが、さすがに長続きすることもなく、最終的には壊れました。
『幼馴染君って、ああいう人が好きなんでしょ?』
好きな人にまでそんな風に見られるって、それだけでもう地獄ですよね。分かります。結局彼は鬱状態になりました。
後輩も、そんなところですね。病んでいきました。しかも、彼女の時のやり口は本当にえぐかったですね。
『あいつと関わるなら、お前の人生を潰す』くらい言われていたみたいです。
将来有望な彼女のスタメンは、私が守らなくちゃいけないんです。
私は、相手に頭を下げました。すると、彼女たちは言ってきたのです。『なら死んでくれ』と。
あれ、あれ、あれ?
私が、何かしたのですかね。もしかして、私は変なところでやらかしてしまったのですかね。
何でしょう、何でしょう何でしょう。
振り返ります。ゆっくり、ゆっくり。
その時、私の意識は遠のき、それからの記憶がありません。
意識を取り戻したのは、散乱した部屋にいました。
自分でもよく分かりません。
どうなっているんでしょうか。
そして、私は不登校になりました」
彼女の独白は、淡々となされた。
「……酷な日々でしたね」
彼女は、笑った。屈託しかなかった。
「そんなことないですよ。私よりもひどい人生なんて、いくらでもある」
開き直り、そして瞳を濡らす。
「相対的な話をしているわけではないんですけれど」
「どうですか、助けられる案件ですか?」無理ですよねと言いたげな表情で、僕を見つめる。
その瞳の儚さに、僕は覚えがあった。
しかし、それを引き合いに出そうとは思わない。
相対的にでなく、絶対的に。
「助けるってことはできないかもしれません。それでも、僕はあなたの支えになりたいと思っています」
「私は、疫病神なんだよ? そんなことしたら、あなたにまで影響がでちゃう」
「いいんですよ。幸い僕は、常に変な目で見られていますから。明日にでも言ってやりますよ、そいつらに。俺の彼女はすごい奴なんだぞって」
「彼女って?」
「すみません。つい勢いで」
「だと思った。さすがに付き合う気はないよ」
「告白してもいないのに振られるとは。ついに、その次元まで来ましたか」
「あ、ごめんなさい。私、自分のことで精いっぱいになってて」
「いいんですよ、それくらいの軽口が叩けるくらい、仲良くなれたらと思っていたところですし。道はおまかせください、あなたは歩くだけでいいような、完璧なものをおつくりしましょう」
「……」
彼女は少し黙って、そして呟いた。
「どうして、あなたに早く出会えなかったんだろう」
「僕にもさっぱりです」
「あのさ、」彼女は力強く頭を上げた。瞳一杯の涙を拭うこともせずに。
「私のことは良いからさ、後輩と幼馴染のことを助けてくれないかな」
「……え?」
「私のことはいいの。お願いだから」
「……分かりましたけど」
「けど?」
「あなたのことも、ちゃんと助けないと意味がないので」
僕は、彼女の手を取った。そして、トレンディドラマさながら、痛くて寒い言葉を紡ぐのだった。
「どれだけ時間がかかったとしても、あなたの幸福な人生を取り戻してみせます。後輩さんとのかかわり、幼馴染さんとのかかわり、そして、あなたの純心。世界中の誰もが敵になったとしても、僕はずっと味方ですよ」
和泉若菜は、泣き崩れた。抱えていたものすべてを壊すように。
涙腺を、感情を。
砕いて、裂いて、割いて、割って。
ぶつけて、壊して、開いて、放った。
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